『大日本史料』 12編 48 元和八年八月~同年九月 p.43

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〔寛水諸家系圖傳〕, 〔寛政重修諸家譜〕, 還御ノ時、采地六百石和甫ニ加賜セラル、, 年七月、將軍家川越に渡御の時、仰を蒙り御目付となりて供奉、還御ののち上總にをひ, り、, 機嫌ヲ窺フ、此時、大納言家ノ命ニ依テ、宮城甚右衞門和甫, 〔寛永諸家系圖傳〕, 御目付となりて從ひたてまつる、還御のゝち上總國のうちにをいて采地六百石を加恩あ, 是月、大納言家武州川越ニ御放鷹アリ、土井左兵衞正次御使トシテ江戸ニ至リ、公ノ御, 宮城和甫, 一年六月より大猷院殿に附屬せられ, 宮城和甫, て領地六百石をくはへたまふ、, 八年七月、川越に放鷹のとき、, 〔東武實録〕八, 同八, 同二年六月、台徳院殿の仰によりて將軍家につかへたてまつる、, 御目付トナル、, 十八, 六百二, 越前守、從, 五位下、, 前守ニ任ス, 本姓鯰江、後越, ○中, 百四, 略, ○下略、秀忠、西丸移徙ノコト竝ニ徳川忠長、榊原忠次ノ亭ニ, ○中, 移徙ノコトニカヽル、五月十九日竝ニ正月十日ノ條ニ收ム、, 越前, 略, 守、, 十, 六, 從ス, 宮城和甫扈, 元和八年八月二十九日, 四三

割注

  • 十八
  • 六百二
  • 越前守、從
  • 五位下、
  • 前守ニ任ス
  • 本姓鯰江、後越
  • ○中
  • 百四
  • ○下略、秀忠、西丸移徙ノコト竝ニ徳川忠長、榊原忠次ノ亭ニ
  • 移徙ノコトニカヽル、五月十九日竝ニ正月十日ノ條ニ收ム、
  • 越前
  • 守、

頭注

  • 從ス
  • 宮城和甫扈

  • 元和八年八月二十九日

ノンブル

  • 四三

注記 (39)

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