『大日本史料』 12編 48 元和八年八月~同年九月 p.124

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合、いんしんの物をも用意仕候へ、, へ申者也、道家留主にても、女房信長ニ申度事を申候、信長もつねにやすいと計被申候, ふせいもなし、近年織田備後守こしたかひ、其後信長おさなき時よりも奉公仕、國〻の, 御知行をもおさめ上申者の子孫にて、代〻尾張守と申候へ共、いまは尾州守と名乘可申, 今夜にても明日にても御尋之刻、分明ニ候ては如何候、書立をき候へ、道家尾張守とて、, 目付をいたし候て、多分冬へなり候ては國とゐ申候、なにたる事をも心やすく申とゝの, ことく早朝ニ惟房をめし、あけふたみせ被成候、此上はよきに分別して、いかにもおん, と申上候、三人の人〻は、その夜一目もまとろみ候はて、あくるをまちかけ候、あんの, 〓辷明峯寺殿御名乘を名字に成被下、みの・おはり・三川三ケ國の御調物、又は御自分の, みつ專一也、ちんは内司所のはからひ、なんちも心つよくおもふへし、二人の者しめし, 一御領所之事, 一御修理之事, 如此あまりくとき事は無用、御たき物御調合之事也、二人の者申分ニは、御とうふく, 一怠轉之公家相續之事, 元和八年九月二十六日, 元和八年九月二十六日, 一二四

  • 元和八年九月二十六日

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  • 一二四

注記 (17)

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