『大日本維新史料 編年之部』 1編 2 弘化3年6月~同年9月 p.409

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別家ニ被爲在候を、御相續被仰付候と申候へは、夫は公邊迚も、伯父ニる甥み跡を, 無之由ニ御座候、扨〳〵御傷き儀ニた、暴政よも申儀ニ御座候也、一體御忠節へ御志し, ニ悴〳〵へも御咎被仰付候處、此度正月十四日ニ至り、又〻仲町今井金右衞門揚屋敷へ、, なされ、公邊迄御歎願ニ御出なされ、其節御引渡ニ罷成候所、刑目論み儀、御家ゟは、, 中將樣へ無調法し廉有之故、左樣も被仰付候譯なるたしとの答ニ付、」何等み不調法, 繼キ候事も有之、それは血脉を重し候故之、」左樣なら御兄樣し跡へは、御養子ニるも出, 來候なるべしとの事故、」是は御潰シニ罷成申候と云へは、」それは譯なし、一體先ツ唯, し樣子なるす、一旦逼塞被申付、それニる相濟候を、間もなく嚴譴を蒙り候儀は、何な, 押込ニ罷成候と申候へは、」先し觸ニ適シ候や、公邊ゟ逼塞み御指圖云〻節は、稍思案, 割腹と御内問ニ相成候處、公邊ゟは、却る逼塞との御差圖有之由、其節取沙汰仕候、愈, 御座候哉、不奉存候へ共、全く思召と申のみこそ、被仰付候儀ニ御座候と申候へ, 左樣し譯發不相分候得共、逼塞五十日被仰付、又々間もなく役祿召上られ、愼隱居并, 松平申之介樣儀、赤坂樣に御歎願ニ罷出、間もなく減高み上愼御隱居ニ相成、御兄樣、, は、」それは矢張その位ニ無之なは、治り兼候譯ニなも有之す抔申らる、」平又々申樣こ、, 御間柄樣抔ゟも御宿下ケ御療治し儀、再應し御願ニ御座候所、一切ニ御筋ニな、御許容, 門ニ對スル, 幕府ノ處斷, ハ不法ナリ, 吉戌又右衞, 弘化三年七月二十三日, 四〇九

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  • 門ニ對スル
  • 幕府ノ處斷
  • ハ不法ナリ
  • 吉戌又右衞

  • 弘化三年七月二十三日

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  • 四〇九

注記 (21)

  • 498,725,65,2180別家ニ被爲在候を、御相續被仰付候と申候へは、夫は公邊迚も、伯父ニる甥み跡を
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