『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.674

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質、遠江守殿の麻布の龍土の邸へ參りたりしに、遠江守殿やかて御對面にて御物語りあり, あらんとおほしたる御事なれは、猶樣々に力を付て語らひ給ひての御退散なりしとそ、, けるは、大老も此度の勅答一件ニ付、大廣間の建議は如何あらんと、殊の外心痛なるよ, 御問答の樣も被爲聽度けれは、師質に參りて承り來るへしと仰付られけれは、未の比ゟ師, しを申されたる故、兼る御主人公なとゝ御談に及ひたる如く、こは人々の心事申上る事に, 公等の御力借らては、事なるへくもあらすと、心細氣にて歎息せられたれは、公もさこそ, なりては、區々に差縺れ候事も候半か、されは品能く語らひ濟して、一紙連名にて指出す, の御事も今更となりて紀公なとに遷りては、以の外に候之、京都にて、内勅もありし樣, 事になりなは、御爲よろしかるへくやと申たりしに、大老大に歡ひて左樣になりなんに, て、心のひく方に取りなさるゝなれは、夫のみにて事定まるへくも候はす、斯くなりては、, にも申候か、如何にやと問はせ給ふに、絶てなき事と申にも候はねと、面正敷事には候は, の事情を委敷もしらて、己か曲尺もて度らんとせし故に、かゝる不覺をも取りたるなり、, 何成行へきや、數ならねとも余初同志の者も候へは、如何樣にも御力となり候へし、西城, 一、初に記したる今日遠江守殿、土佐殿へ御出なけれは、其故いかゝなりしや、將大老との, は、京都への申上も事少ナにて宜けれは、然あらん事こそ願はしけれ、元來備中抔は、京都, 弼ト對談ノ, 状况ヲ聽カ, 師質ヲ宗城, 關スル内勅, 一遣ハシ直, シム, 西城一件ニ, 安政五年四月二十五日, 六七四

頭注

  • 弼ト對談ノ
  • 状况ヲ聽カ
  • 師質ヲ宗城
  • 關スル内勅
  • 一遣ハシ直
  • シム
  • 西城一件ニ

  • 安政五年四月二十五日

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  • 六七四

注記 (24)

  • 904,637,72,2228質、遠江守殿の麻布の龍土の邸へ參りたりしに、遠江守殿やかて御對面にて御物語りあり
  • 1258,641,65,2175あらんとおほしたる御事なれは、猶樣々に力を付て語らひ給ひての御退散なりしとそ、
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