『大日本維新史料 編年之部』 1編 2 弘化3年6月~同年9月 p.490

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ニ相成可申と心配いたし〓〳、兼〻出火と軍はいつ何時と申事も無之候故、兼ての用心か, 存候て、燒候抔とは夢ニも存間敷候處、夫レ出火と申候へは、其節ニ目ろさめ候ても、中〻, 時ニ崩立申候へは、琉球ヲ夷狄ニ奪れ候へは、もはや覺悟を定候外無之候故、只今の中寸, を防き兼、奪れ候ては何とも可申樣無之候故、心付候義は、伊勢守へも筆ニ及ひ候だけは, 申候、實に〳〵危き時ニ御座候、下官抔考候ては、此まゝ指置候へは、來年よりは餘程の事, 大切ニ御座候、御本丸御燒とても、御本丸は、決て燒候事は無之藏も同樣と、其宵までち, 申遣候へ共、尚又上よりも御勵セ被遊候て、ケ樣なくては不相成と見拔候事は、すみや, し被遊候へは、二度御取ろへしは決て不相成、其時は如何被思召候ても致方なく候、一, 消し候だんこは無之、一時に灰と相成候、大火ニ相成候上は、了簡もふんだつも間ニ合不, かに決斷致し候やう、被仰付度奉存候、外〻の義と違ひ、此度程の御大變は無之候、只今二, 申、尤出火は追て御普請被遊候へは相濟、如本こも相成候へ共、一度此天下を夷狄へ御渡, 相成、漸〻目のさめ候人も有之、又今ニ相成候ても、まだ目のさめ不申人も有之やう見え, し被遊候て如何とも御申譯は無之候、神功皇后は、女帝こてあらせられ候へ共、此方ゟ, 渡海しぬひて、朝鮮を奪ぬふ程の御義ニ被爲在候、徳川の天下こて、此地ニ居あろら夷狄, こやろに御評議御下知被爲在候やう仕度候、琉球・蝦夷、下官の目ニは、十ケ年前ゟ危く被, 譯ナシ, 琉球ヲ夷狄, 對シ奉リ申, 一奪ハレザ, 皇大神宮ニ, ル樣覺悟ス, 弘化三年八月朔日, 四九〇

頭注

  • 譯ナシ
  • 琉球ヲ夷狄
  • 對シ奉リ申
  • 一奪ハレザ
  • 皇大神宮ニ
  • ル樣覺悟ス

  • 弘化三年八月朔日

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  • 四九〇

注記 (23)

  • 1005,696,63,2205ニ相成可申と心配いたし〓〳、兼〻出火と軍はいつ何時と申事も無之候故、兼ての用心か
  • 768,674,62,2229存候て、燒候抔とは夢ニも存間敷候處、夫レ出火と申候へは、其節ニ目ろさめ候ても、中〻
  • 297,684,62,2226時ニ崩立申候へは、琉球ヲ夷狄ニ奪れ候へは、もはや覺悟を定候外無之候故、只今の中寸
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