『大日本維新史料 編年之部』 1編 2 弘化3年6月~同年9月 p.491

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くりろへし〳〵殘念ニ候へ共、今と相成候ては、其義を申もわんなき事故、今は今の處ハ, て奪れ不申やう、外ニ考候より外無之候、扨又東照宮御祖父清康君、一夕の御夢ニ、左の, は、夷狄の騷斗こは無之、内〻ニも外樣大名初、きゝ申間敷候へは、只今の内、天下の御爲, 候、乍恐下官十ケ年前より申上候通りヲ御用被遊候へは、ケ樣の事こは一切相成不申と、, こケ樣なくては不相成と御見拔の義は、船製こても何こても、早く被仰出候て、大名初と, 候程ニ危く、夜もふせり不申、下官は御案し申上候、扨又琉球・蝦夷未奪れ不申先ゟ、はや, 共ニ力を合セ、此天下を御守り被遊候やう奉願候、琉球・蝦夷抔の義は、一日をあらそひ申, 御膝元の浦賀へ、下組にはしごをかけ初候上は、琉球・蝦夷を奪れ候上は、實ニ御危く奉存, 是の文字を分て見る時は、日ノ下ノ人なり、日ノ下ノ一人となりて、天下を掌握りぬふべ, 之候へは、天下の爲ニ不相成候ても其まゝ被指置候て、御決斷なく、なり〳〵に被遊候へ, 下にて、古書こも有之候通り、天下は、天下の人の天下にて、徳川斗こかぎり候天下こし無, 太平ニ被遊候へは、只今二てこそ徳川の天下に候へ共、二三百年前は所〻へ移り來候天, り存分無遠慮實の處申候へは、乍恐東照宮ニて、亂れ候世を千辛萬苦被遊候て、かく迄, 御手ニ是の字を御握被遊候と見ぬひ、ト者を召て吉凶御問被遊候へは、實ニ貴瑞の御夢也、, 存候、是を先へ取レ申候へは、日本はとても永く持こたへは相成兼候、下官の事故、例の通, 弘化三年八月朔日, 四九一

  • 弘化三年八月朔日

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  • 四九一

注記 (17)

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