『大日本維新史料 編年之部』 2編 1 安政1年1月~同年1月20日 p.79

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たまふこと、豈に難からんや、今一言をこゝに附す、, れを爲したまふへからす、これ又大臣の請ふ處なり、, 佐「ポシエト」書翰參看スベシ。, 一千八百五十四年正月, すと思ひたまふへし、此箇條を一々極て密に完成して、寛典を受くるの告を得るまては、俄羅, の交易交好、皆舊律ニ拘泥することあたはすといふことを知りたまいぬれは、此一事をなし, ○次ニ收ムル漢文ハ本書ト同意義ノモノナレドモ、前掲日露對話書ニ依レバ、是日、應接掛宛提出ノ露國使節, 長崎に於て、, 斯全權大臣日本を去ることあたわす、幾度も日本港を來り問ふへし、御老中とり俄羅斯宰相, 俄羅斯とり早く他國に交易の章程をなしたまふならは、此隣れる大國に告るに非されは、こ, 書翰ハ、蘭文ノミニシテ漢文ノコト無シ。蓋シ、三日ニ至リテ更ニ之ヲ提出セシモノナラン。前掲露國海軍少, 所編修、以永遠安妥兩國之和睦各項利盆、此和約者、一則即永遠建定兩國疆界、俾兩國再不可, 將本國之意向意願皆當面鮮明、本大臣即應編文傳遞貴二位大臣、兩國將來遵守之條約、本大臣, 且全權欽差謂らく、彼和約章程の諸箇條を決定したまふ迄き、ヱトルプ島は日本所領にあら, 交易は宰相への返翰に記せる年月よりは早く開きたまはんこと、是欽差大臣の願ふ處なり、, ガラーフ爵子スセローテ」に答へたまへる書翰の中に依れは、當時の形勢となりては、異國, ポスシート譯, カビテイン、ロイテナント, 十八日, 三十日, 官, 名, 漢文, 國境, 擇捉島ノコ, 安政元年正月二日, 七九

割注

  • 十八日
  • 三十日

頭注

  • 漢文
  • 國境
  • 擇捉島ノコ

  • 安政元年正月二日

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  • 七九

注記 (27)

  • 1352,615,56,1253たまふこと、豈に難からんや、今一言をこゝに附す、
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