『大日本維新史料 編年之部』 2編 2 安政1年1月21日~同年1月晦日 p.192

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

ゝよし聞えたり、, 正月廿二日、, 精敷、蘭學をも心得られて、近年外寇の事に付ては日夜心肝を碎き、必戰を期し、忠誠膽, 樣可仕、何も御爲筋の儀厚勘辨の上、猶差支の儀も御座候はゝ、明朝御登城懸可申上旨、, 別差支も無御座候はゝ、今晩中万一應接等出船も仕候義に相成候はゝ、先万次郎は見合, 候事は如何可有之お、左候得は明日御登城の上、一應被仰談、早々御沙汰可被成下間、左, 勇、幕府諸有司中之隨一たり、仍之幕廷の信任を受て如此特命をも蒙られたり、此, 出船ありて、誠心を以申諭、乘〓候樣可致旨を被命たりとそ、仍之晝夜濱御庭に詰居らる, 人共万次郎連行候ても致方無之、其上水府老公御同列樣方にも深御懸念被爲在候間、格, 太郎左衞門殿は豆州韮山の御代官にて、海防懸り御鐵炮方を兼られたり、外國の事情に, 御書取の趣承知奉畏候、右御請奉申上候、以上、, 人の股肱之手附齋藤彌九郎も同敷伴ふて出船すへき手筈なりしか、事果て後、彌九郎・, 〔昨夢紀事〕, 一、此日、江川太郎左衞門殿へ、異國船萬一内海へ乘入儀も難計、其節は太郎左衞門殿早速, 正月廿三日, ○中, 略、, 齋藤彌九郎, ノ咄, 江川ノ人物, 安政元年正月二十三日, 一九二

割注

  • ○中
  • 略、

頭注

  • 齋藤彌九郎
  • ノ咄
  • 江川ノ人物

  • 安政元年正月二十三日

ノンブル

  • 一九二

注記 (22)

  • 706,642,54,407ゝよし聞えたり、
  • 1049,630,58,300正月廿二日、
  • 470,681,63,2175精敷、蘭學をも心得られて、近年外寇の事に付ては日夜心肝を碎き、必戰を期し、忠誠膽
  • 1513,682,65,2164樣可仕、何も御爲筋の儀厚勘辨の上、猶差支の儀も御座候はゝ、明朝御登城懸可申上旨、
  • 1743,690,65,2170別差支も無御座候はゝ、今晩中万一應接等出船も仕候義に相成候はゝ、先万次郎は見合
  • 1629,687,64,2168候事は如何可有之お、左候得は明日御登城の上、一應被仰談、早々御沙汰可被成下間、左
  • 357,686,63,2166勇、幕府諸有司中之隨一たり、仍之幕廷の信任を受て如此特命をも蒙られたり、此
  • 814,628,64,2218出船ありて、誠心を以申諭、乘〓候樣可致旨を被命たりとそ、仍之晝夜濱御庭に詰居らる
  • 1856,693,67,2161人共万次郎連行候ても致方無之、其上水府老公御同列樣方にも深御懸念被爲在候間、格
  • 586,686,63,2166太郎左衞門殿は豆州韮山の御代官にて、海防懸り御鐵炮方を兼られたり、外國の事情に
  • 1400,689,62,1160御書取の趣承知奉畏候、右御請奉申上候、以上、
  • 242,692,62,2161人の股肱之手附齋藤彌九郎も同敷伴ふて出船すへき手筈なりしか、事果て後、彌九郎・
  • 1161,618,71,296〔昨夢紀事〕
  • 929,649,64,2204一、此日、江川太郎左衞門殿へ、異國船萬一内海へ乘入儀も難計、其節は太郎左衞門殿早速
  • 1286,802,59,275正月廿三日
  • 1077,954,42,83○中
  • 1034,954,41,50略、
  • 264,271,44,210齋藤彌九郎
  • 215,276,38,78ノ咄
  • 594,271,45,209江川ノ人物
  • 1978,745,46,423安政元年正月二十三日
  • 1976,2395,46,108一九二

類似アイテム