『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.532

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たりしに、是ハ遠江守殿へ御談あらせらるへきとの御事なり、, り、彌次郎も、此頃は老公も殊の外御心痛の御樣子ニ相伺はれ候事候へは、何にまれよろ, と固辭たりしに、彌次郎も今後の天下の形勢によりて、國家の盛衰も目前なれは、いかに, んなる此節柄なれは、御双方の御爲不可然思召候間、御見合せの方よろしかるへしといへ, て、指出して演舌に及ひしは、御直談ニ候へは、御應答の上にて、種々被仰上度御儀共も候, へと、御書面にては御意衷盡兼候次第もこれあり候へは、思召に適ひかたき品々は、委敷, 御教示被爲在候樣被遊度、左候へは、又公の思召通りも打返し仰上られ候半との御事な, しと思ひ付たらん事は、遠慮なく申試よと責たれと、師質式か吻を容るへき際にはあらす, る御事の由なれは、其段申上たりしに、さらはせんかたなしと、御書取にて仰せ進せらる, 五月廿二日、師質今朝水老公へ進せらるゝ御書、并御書取を持參し、安島彌次郎か許へ徃き, へきになされたり、外に建儲御申立之儀ニ付、尾藩の景況をも報告せり、此事も其儘申上, 五月廿一日、安島彌次郎ゟ師質へ書翰を以申越せしは、公、老公へ御直談の義は、嫌疑盛, 樣に仰付られて、彌次郎は退出せり、, ○中, 略, ○中, 略, ○中, ノ直談ヲ避, 齊昭慶永ト, 師質彌次郎, ヲ訪フ, 安政五年五月二十二日, 五三二, 安政五年五月二十二日

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  • ○中

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  • ノ直談ヲ避
  • 齊昭慶永ト
  • 師質彌次郎
  • ヲ訪フ

  • 安政五年五月二十二日

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  • 五三二
  • 安政五年五月二十二日

注記 (25)

  • 1139,638,62,1517たりしに、是ハ遠江守殿へ御談あらせらるへきとの御事なり、
  • 440,635,61,2210り、彌次郎も、此頃は老公も殊の外御心痛の御樣子ニ相伺はれ候事候へは、何にまれよろ
  • 211,634,64,2210と固辭たりしに、彌次郎も今後の天下の形勢によりて、國家の盛衰も目前なれは、いかに
  • 1484,637,61,2195んなる此節柄なれは、御双方の御爲不可然思召候間、御見合せの方よろしかるへしといへ
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