『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.322

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

か〳〵見知候はて、此方之者にては無之かと申候處、又別に見しり候も, 之上より罷下、彌吉方にあひ申候處彌吉被申事には、昨日も御手之衆と, 事は石垣の上に罷居候つる故、したに居候者に見候へと申て候へは、し, 郎太をもたせ置候〓、今朝此三人とり候を、折節五郎右衞門見あたり候, て、とらへられ候、相究候之處、盆田衆之由申候條、見せ候へと被申候間、私, 理樣衆にて候と申候故、さては何も此方之者不紛候と申候て、私も築地, 之荷數にて候、七十人にてひるまて持せをきたる五郎太にて候、昨日も, 御手前より御わきまへ候事たるへく候、三人之者をは渡進候由被申候, 其時私申事には、扨は其分に候つる哉、不及是非候、聊□仕たる儀候間、請, 申候て、彼五郎太被取候由申候、又今朝も如此候條、何茂此五郎太の事は, の候て、一人は此方之者と申候、左候之處に、修理樣衆被參候て、二人は修, 一其後又彼方より使を被越候而被申やうは、先刻も申候五郎太之事、過分, 取置申候、いつれも五郎太の出入は、可遂御談合と申て請取申候事、, 御手之衆之由候而、廿人ほとにて御とり候よし、御鐵炮衆の内に見承候, 今日之儀は勿論、此分に候からは、其相當五郎太をもたせ候て、可返給之, 慶長十年七月二日, 盆田父子, 天野元信, 盆田ノ衆, 天野組町, 場ノ石材, 二過大ノ, ヲ盜ム, 償還ヲ求, 慶長十年七月二日, 三二二

頭注

  • 盆田父子
  • 天野元信
  • 盆田ノ衆
  • 天野組町
  • 場ノ石材
  • 二過大ノ
  • ヲ盜ム
  • 償還ヲ求

  • 慶長十年七月二日

ノンブル

  • 三二二

注記 (26)

  • 1465,727,72,2134か〳〵見知候はて、此方之者にては無之かと申候處、又別に見しり候も
  • 1114,723,76,2145之上より罷下、彌吉方にあひ申候處彌吉被申事には、昨日も御手之衆と
  • 1581,717,73,2138事は石垣の上に罷居候つる故、したに居候者に見候へと申て候へは、し
  • 1814,716,74,2145郎太をもたせ置候〓、今朝此三人とり候を、折節五郎右衞門見あたり候
  • 1701,717,70,2142て、とらへられ候、相究候之處、盆田衆之由申候條、見せ候へと被申候間、私
  • 1230,722,77,2144理樣衆にて候と申候故、さては何も此方之者不紛候と申候て、私も築地
  • 407,733,80,2141之荷數にて候、七十人にてひるまて持せをきたる五郎太にて候、昨日も
  • 878,725,83,2156御手前より御わきまへ候事たるへく候、三人之者をは渡進候由被申候
  • 760,722,80,2148其時私申事には、扨は其分に候つる哉、不及是非候、聊□仕たる儀候間、請
  • 995,721,79,2154申候て、彼五郎太被取候由申候、又今朝も如此候條、何茂此五郎太の事は
  • 1347,727,74,2137の候て、一人は此方之者と申候、左候之處に、修理樣衆被參候て、二人は修
  • 525,680,83,2194一其後又彼方より使を被越候而被申やうは、先刻も申候五郎太之事、過分
  • 644,730,80,2014取置申候、いつれも五郎太の出入は、可遂御談合と申て請取申候事、
  • 291,736,81,2149御手之衆之由候而、廿人ほとにて御とり候よし、御鐵炮衆の内に見承候
  • 177,738,77,2139今日之儀は勿論、此分に候からは、其相當五郎太をもたせ候て、可返給之
  • 1930,717,45,338慶長十年七月二日
  • 516,296,43,171盆田父子
  • 560,296,42,170天野元信
  • 1267,288,43,169盆田ノ衆
  • 1221,290,43,165天野組町
  • 1178,289,41,168場ノ石材
  • 474,311,38,143二過大ノ
  • 1136,293,40,113ヲ盜ム
  • 430,294,41,173償還ヲ求
  • 1930,716,45,338慶長十年七月二日
  • 1946,2439,48,126三二二

類似アイテム