『大日本維新史料 編年之部』 2編 2 安政1年1月21日~同年1月晦日 p.307

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大こ世の非笑をも請られたり、使節は兎角して、江戸へ參りて執政衆へ對談せすしては, 接あるへきに事定まれりと聞えたり、, 候處、遠路罷越居、空敷日を送候るハ難義ニ付、御返答次第、一剋も早く退帆仕度、日合, 之、尤是迄之記録をも取調候處、王城之地え罷越候事、聢も書留有之、必此度初る之義こ, 事就りかたきは、各國通例なる由を申立、又此方にては一歩たりとも遠き處にて事を濟, とも御任せの外はあるましとて周章狼狽せられたれは、大事を誤られたる而已ならす、, 并御酒被下、此度渡來直こ内海え乘入船掛仕候は、御國禁こ付、浦賀え乘〓候樣申談, せんとの商議にて、事の外に指縺れたれとも、遂に横濱の海邊に假屋を設て、此後の應, 居り候ニ相違無御坐候間、得と御舊記御取調可被下候、右之次第こ付、江戸え乘入候る, 相掛り候はゝ、直こ江戸表え罷越、右之趣申上度旨申候由、依之外國人猥こ上陸不相成、, 諭候處、家康公秀忠公駿府こ被爲在候砌、本國之使節兩度迄罷出、既ニ御目見仕, 殊更江戸表抔とは以の外と制候處、行程萬里之風波を凌キ罷越候義は、容易之事こ無, 一聞書寫、去ル廿且日、浦賀屋形浦對面所え、亞墨利加船將官アヽタンス上陸爲致、御菓子, 無之、舊例を以取計ひ候段申立候こ付、琉球・朝鮮・蘭人之外、王城え罷出候例無之趣申, 〔安政甲寅日記〕, 館所藏本, ○帝國圖書, 浦賀應接ニ, 關スル聞書, 安政元年正月二十四日, 三〇七

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  • 館所藏本
  • ○帝國圖書

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  • 浦賀應接ニ
  • 關スル聞書

  • 安政元年正月二十四日

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  • 三〇七

注記 (21)

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