『大日本維新史料 編年之部』 2編 3 安政1年2月1日~同年2月10日 p.5

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の事こ候はゝ、格別、遠所ニ放れ居候を、エレキテルにて知七候と申は疑はし、口こては, けも此度獻上の中へ持參致候由、, 〔元浦賀奉行支配組與力香山榮左衞門上申書〕, ○〓外朱書及朱點ハ、何レモ徳川齊昭ノ自筆ニカヽル。, テルにて合圖いたし候よし、請答迄もエレキテルにて致候との事之、勢州咄、右の仕か, 右樣申候とも、内實て旗抔こて合圖致候こは無之哉と被察候、尤船中の義は統てエレキ, ○安政六年正月書上, 候よし、如何の義と尋候へは、近來發明こてエレキテルこて知セ合候と申候よし、船中, シ方申談、幾重こも承引爲致、假令は横濱〓え引〓兼候はゝ、壹町こるも壹間こるも引〓, 何可有之候得共、被仰渡之上は、兎も角も申諭見可申旨申答、同日九ツ時頃、本船え罷越、, 候曩故、早々引〓候樣、嚴敷御下知到來致シ候、就るは唯今より本船え罷越、横濱〓え引〓, しさへ致し候得は、御趣意相立候事故、格別ニ骨折相勤候樣被申渡候こ付、行屆可申哉如, 二。所朔日、本陣え罷越候處、欽差衆被申聞候は、亞船廿七日以來羽根田沖こ碇泊いたし、近, 邊所々測量致〓、小舟等し御府内間近迄乘寄候義も有之、江戸表にるも、甚御心配被爲在, 申諭候節承知致候へは、一里程放れ居候船も同時こ動出し、一同と相成り同所へ碇泊致, 米艦渡來國書捧呈一件所〓, ○東京帝國大學所藏本, 亞墨利加船, ○豆州下田港, 米船ヲ退カ, ノ嚴命江戸, シムベシト, 「エレキテ, ヨリ來ル, ル」ノコト, 安政元年二月朔日, 五

割注

  • 米艦渡來國書捧呈一件所〓
  • ○東京帝國大學所藏本
  • 亞墨利加船
  • ○豆州下田港

頭注

  • 米船ヲ退カ
  • ノ嚴命江戸
  • シムベシト
  • 「エレキテ
  • ヨリ來ル
  • ル」ノコト

  • 安政元年二月朔日

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注記 (27)

  • 1608,664,78,2137の事こ候はゝ、格別、遠所ニ放れ居候を、エレキテルにて知七候と申は疑はし、口こては
  • 1264,654,63,808けも此度獻上の中へ持參致候由、
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