『大日本維新史料 編年之部』 1編 2 弘化3年6月~同年9月 p.328

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候へ共、寧波・福建邊の船斗引まとゐ來候とても、右數程は有間敷候、公邊是迄御手當, 壽・田市・大川・小川・御座船等こて、御召舟も四十餘、惣御船數も二百艘餘と覺申候所、, 共、今以同樣不手當ニ候へは、此度とても御評議の樣ニはまへり申間敷候、下官も感伏, れ候義、況公邊のみにて御出來ニ相成御船斗こては、何百艘御出來ニ相成候すは不存, 船御出來と相成事ニ候へは、何程公邊の御富ニても、數百大船御造作は相成間敷と存候, へは、一統へ御免ニ相成候樣至願ニ候、日本は何レの地とても同樣、又兵士とても御, 候、海岸大名へ不殘堅牢の軍艦御免ニ相成候て、人〻手當致候とても海岸の大名數の知, 此御船〻とても内川ニ非常し事有之節は、御入用御止ニは勿論相成兼候處、又其上へ大, 仕候程ニ、御屆きニ致度候、いつも〳〵小田原評議ニる、年月を過、猪を見て矢をはげ候, が却て害と相成候事こて、只今ニ相成、驚きて手當致候はゝ、御賞美ニも相成事と察申, 直參倍臣等の義は相違可致候へ共、命のをしきは同樣ニて、非常し節危きニ付、公邊, の御船〻舊記手留こて見候へは天地・鳳凰・八幡・天神・難波・三浦・竹内・麒麟・光陰・永, 候者は、下官の如く成行申候、古今其例不少、畢竟御爲を厚く存過候と、先見との二ッ, こて堅牢の艦御製ニ相成、薩・松へも御濟セニ相成候て、外國へ御濟セ無之候ては、外〻, は、公邊初天下一統大平の弊に御座候、たま〳〵御爲を存、眞闇ニ相成候て、手當致, 弘化三年七月十三日, 三二八

  • 弘化三年七月十三日

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  • 三二八

注記 (17)

  • 996,747,71,2179候へ共、寧波・福建邊の船斗引まとゐ來候とても、右數程は有間敷候、公邊是迄御手當
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  • 1806,741,73,2178共、今以同樣不手當ニ候へは、此度とても御評議の樣ニはまへり申間敷候、下官も感伏
  • 1112,761,73,2163れ候義、況公邊のみにて御出來ニ相成御船斗こては、何百艘御出來ニ相成候すは不存
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