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申、船具ニも又同斷つゝり可申、工人の多少ニハより候へ共、半年か一年ニて漸〻御出, 大小も有之候へ共、二十餘間の船ニて、入費一万兩、百日斗ニて出來候發ニ覺申候處、此, 上一艘二艘の事ニ無之候へは、とても六ケ敷候故、初發の御定、御大切ニ御座候、浦賀の, 追〻し不知、初て御製造ハ船の大小ニも寄可申候へ共、一艘一万五千〓二万もかゝり可, 來可相成候へし、中〻急こは數艘御製造相成間敷候、, 有之度、夫ニてさへ異船し來り候事、遠く相成候はゝ、人物次第こは候へ共、其入用不思, 御船を初、上の御船は皆上ニ〓御製造并御手入も有之事ニ候處、先ツ西洋の軍艦, 寄方へ引ケ可申、況乘出し候者ニも無之人、立合候ては製造手入とも行屆申間敷候、其, 相止み可申候、上の御入用ニな、手入し時ニ乘出して、防禦致候者立合にて、御手入等, 役ニて製候義こたは、手入し度〻麁末ニ相成、大船故入用夥しく相成候樣申立、終ニは, 方ニなは船大工も習れ不申義、又しは何事ニ不寄、公邊之義は御入用も莫大かし候へは、, 名ハ勿論、たとひ海岸無之大名とても、非常の節、被仰付間敷者ニも無之候へハ人こ心掛候ハ、勝手次第ニて可, 不相成、浦賀の義ハ、御膝元二て大切なるハ勿論ニ候へハ、堅固ニ御船數も多御出來ハ、御尤ニ候へ共、何レの地を, とても舟ノ出し兼、左候とて大名領分〳〵迄、公邊の御舟を御〓し二て、御打拂ニ相成候義ハ、とても御行屆ニ, 有之候、二ツニハ、御軍艦出來、如以前打拂ニ相成候段は、恐悦ニ候處、海岸の大名へ船御濟セ無之時ハ、異船來り候, 奪れ候ても、御苦難に相成候ハ同樣こて、日本を大見寸る時、何レニても左までの相違八無之候へハ、海岸の大, 立ハ一ッニ候へハ、只の船ニても軍艦ミ用ニ相成申候へハ、寧波邊の舟斗集來候ても、此地海岸大名船よりして多可, 右、御船出來候とても、十艘廿艘ニて足り候, とハ、夢こ不存候へハ、海岸大名へ不殘御免, 被仰出、何レも製候ハゝ、何時ニても御用ニ足り可申候、又一ツニハ、海岸大名二て何程製候ても、海岸・大名の數何, 程も無之候へハ、一人百艘ツヽと見候ても、何程も無之、西洋ニても軍艦と又只の船とハ、別ニハ候へ共、其製方組, 立ハ一ッニ候へハ、只の船ニても軍艦ミ用ニ相成申候へハ、寧波邊の舟斗集來候ても、此地海岸大名船よりし多可, 費一萬兩, 船ニテ建造, 二十餘間ノ, 弘化三年七月十三日, 三二一
割注
- 右、御船出來候とても、十艘廿艘ニて足り候
- とハ、夢こ不存候へハ、海岸大名へ不殘御免
- 被仰出、何レも製候ハゝ、何時ニても御用ニ足り可申候、又一ツニハ、海岸大名二て何程製候ても、海岸・大名の數何
- 程も無之候へハ、一人百艘ツヽと見候ても、何程も無之、西洋ニても軍艦と又只の船とハ、別ニハ候へ共、其製方組
- 立ハ一ッニ候へハ、只の船ニても軍艦ミ用ニ相成申候へハ、寧波邊の舟斗集來候ても、此地海岸大名船よりし多可
頭注
- 費一萬兩
- 船ニテ建造
- 二十餘間ノ
柱
- 弘化三年七月十三日
ノンブル
- 三二一
注記 (27)
- 825,740,60,2180申、船具ニも又同斷つゝり可申、工人の多少ニハより候へ共、半年か一年ニて漸〻御出
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