『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.486

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一今般獻上被下相濟、通信通商御挨拶をのべ、石炭長崎こて被下こて退帆いたし候なさへ、, 〓たし、上下同心一力、異賊を逐返し、台慮を奉安候外愚按無之候、, 勢州殿御初メ, 暗夷・佛夷來候はゞ、一度は墨夷同樣ニ不致候なは相成間敷、よほと通信通商ニ紛らは, 宋・琉球同樣ニ相成、御國は立行兼候間、最早御同樣彌決斷必死の覺悟にて、大小名振起, 成丈は三寸の舌を以萬人の難を相救申度、乍然度々申候通り、腹中ニ實戰を持不申候な, しく、御同樣好ミ不申處、其上ニ彼が申聞ニまかせ、港を處々に開き候樣ニては、實以呂, 一右樣廟議決定候上は、實地接戰之御備相立、扨應接をば今一應いたし直し、寛猛相兼、可, は、三寸の舌も虚辯ニ相成可申存候、ゆめ〳〵事を好み戰を求め候りけは毛頭無之候得, 二白、明日井戸を御引留ニ相成候はゞ、大學始の魂入かはり可申候、扨井戸跡は川路に候, 共、二千五百年來の耻をかき候上ニ、つまり内憂外患にて大亂ニ相成候のと、只今御決, 斷國家御中興被遊候とは、懸隔の相違と存候、御一大事無此上候間、今晩中にも御衆評, へば、魯夷へも箱館等の挨拶のべ候手續有之、且は公事ハ流石名人ゆへ可然と存候、長崎, 有之樣存候也、, 二月廿日, 二月廿日水隱十, 水隱士, 決戰ノ覺悟, ヲ持シテ外, 返スベシ, 交ヲ行フベ, テ外夷ヲ逐, 上下協力シ, 川路ヲ起用, スベシ, 安政元年二月二十日, 四八六

頭注

  • 決戰ノ覺悟
  • ヲ持シテ外
  • 返スベシ
  • 交ヲ行フベ
  • テ外夷ヲ逐
  • 上下協力シ
  • 川路ヲ起用
  • スベシ

  • 安政元年二月二十日

ノンブル

  • 四八六

注記 (27)

  • 1860,650,74,2222一今般獻上被下相濟、通信通商御挨拶をのべ、石炭長崎こて被下こて退帆いたし候なさへ、
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