『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.618

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狄之皇國を陵辱致し候儀は不及承候、然るこ嘉永六年十二月、從關東被言上候由ニ〓、, 存候、時勢を不辨申條こは候得共、於下田表商館を建さと、通商を相發き候由、傳承り候, 爲心得被仰渡候こは、毫髮〓御國躰を不汚候樣被取扱候趣意とは、相振牛候樣こも, 得は、是れ以て既ニ御國辱かと、誠以歎ケ敷存候、抑今度彼此商館を建置かを候場所之, 皇大業を立させ給ひし已來、外夷之皇國と歸降仕候事、國史等こも顯然候得共、未タ夷, 儀、京師は勿論、畿内ニ爲取建候儀は不存寄儀、又懇切ケ間敷利盆を申立候儀、元來利潤を, 甘むし候は、天下衆民之通情と候を、從彼利を取らを候はゝ、次第ニ親睦致し、如何樣之〓, 難を引出し候も難計候哉、交易之儀は何程被取縮候共、始終無覺束存候、自然彼意こ被爲, られ、衆議之多分こ被爲任候はては、夷情は閣、吾國人鬱懷を釀し候端とも相成可申候間、, 任候はゝ、追々付上り候儀申募り候樣こも成行候哉と遠察候、所詮條約之儀は、弘くはか, 堅固御差免し被爲在間敷と存候也、, 實麗, ニヨリ拒絶, 條約ハ衆議, スベシ, 下田開港ハ, 國辱ナリ, 裏, 表, 安政五年正月二十五日, 六一八

頭注

  • ニヨリ拒絶
  • 條約ハ衆議
  • スベシ
  • 下田開港ハ
  • 國辱ナリ

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  • 安政五年正月二十五日
  • 六一八

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注記 (21)

  • 1743,645,72,2223狄之皇國を陵辱致し候儀は不及承候、然るこ嘉永六年十二月、從關東被言上候由ニ〓、
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