『大日本維新史料 編年之部』 3編 2 安政5年2月 p.138

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輸出の額す、千八百五十年、千八百五十一年、及ひ千八百五十二年, 此内外の擾亂に因て、貿易を碍ること甚し、, の軍兵英吉利國より至るを待そり、其數風説にそは五萬と云へり、, 千八百五十七年第四月十四日、, 一千八百五十七年第六月十日、, 計するに、二千萬「ポンド、ステルリング, への輸入減少せしことす、較著なる機變とす、○外國への輸出す、六千九百萬「ポンド、ス, を爲して、支那人利を失へり、○英吉利人數艘の支那舶を破沒せり、, 報告に據れは、高麗國王自己よりして、外國諸民交易の爲に、其領國沿海の地に、諸港を開, 英吉利人は、其勢を愈張擴し、而して鋭氣を以て、此軍を必行せんと欲し、是に依そ、莫大, 最後の音信にそは、廣東饑饉に罹れり、, 魯西亞との戰爭は、英吉利の貿易に障害となることなし、, テルリング」にして、舊來斯の如き高に及しことなしとす、○所領地への輸入と、是と相反, を増盆せり、○外國への輸出増盆して、所領地, の報告にては、英吉利舶と支那舶と、一二の戰爭, 大貌利太尼亞並愛倫, と比較しそ, けり、, 英吉利の女王嫡女を誕せり、, 嘉永三年より, 同く五年まて、, 五月十九日、, 安政四巳年, 安政四巳年, 前, 三月廿日、, 出, 朝鮮開港ノ, 英國ノ情勢, 説, 輸出總額, 英清海戰, 安政五年二月五日, 一三八

割注

  • 嘉永三年より
  • 同く五年まて、
  • 五月十九日、
  • 安政四巳年
  • 三月廿日、

頭注

  • 朝鮮開港ノ
  • 英國ノ情勢
  • 輸出總額
  • 英清海戰

  • 安政五年二月五日

ノンブル

  • 一三八

注記 (34)

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