『大日本維新史料 編年之部』 3編 2 安政5年2月 p.766

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

りては、御年長の御方ならては適ふましくおもへるよしを申されたるとそ、海防懸の面々, らせられんかとの懸念も候と申せしかは、筑州申さるには、如何にも其御策はよろしけれ, 如何あらん、されと左内の探索せる事の關東へ聞えたると、縉紳家へ知られたらは、唯さ, 衆の披見に入れられん事は、各方の斟酌に任するとの仰にて、公然と書面共御渡ありては, 申上候半と御請に及はれたり、事の次手に、筑州の申さるゝは、西城の御事を玄蕃ゟ土岐, なれは直に閣老衆へ持參すへき事なれと、餘りに備中殿の噂も認あれは、如何にも閣老衆, と、懸念も亦餘義なく聞えたり、兎もあれ、極密の所を玄蕃と熟談に及ひて、其上に御左右, 殿歸府の上なならては決して定議はなきよしを申されて、いつれも憤激に堪へさるよし、, へ疑念勝なる折なれは、もはや堂上へ立入る事も適ひかたくて、寡君迄反間の汚名ともな, 永鴻臚は餘りに極論に及ひて、伊賀殿も怒氣を含まれたる程の事なれば、聊其手を緩るめ, いつれも〓に閣老へ申立て、内勅なと無きほとにと主張すれと、上・關の兩閣共に、備中, 攝津へ申談じて、攝津か舊僚なれは、平岡丹波へいたく及議論承り見たるに、未たいつれ, てありしを、又大和を責付たれと、是もいつも〳〵も厚く含みては居れと、備中殿歸府な, へは、指出兼るなれは、各方へ見する程に、參考の一助共ならんには本懷の至りなり、閣老, と定まりたる樣には伺ひ知らぬよし、丹州抔も初の程は兩端に定めかねしかと、此比にな, 繼嗣問題, 安政五年二月二十九日, 七六六

頭注

  • 繼嗣問題

  • 安政五年二月二十九日

ノンブル

  • 七六六

注記 (18)

  • 712,636,59,2215りては、御年長の御方ならては適ふましくおもへるよしを申されたるとそ、海防懸の面々
  • 1294,634,59,2219らせられんかとの懸念も候と申せしかは、筑州申さるには、如何にも其御策はよろしけれ
  • 1528,636,59,2215如何あらん、されと左内の探索せる事の關東へ聞えたると、縉紳家へ知られたらは、唯さ
  • 1643,637,60,2207衆の披見に入れられん事は、各方の斟酌に任するとの仰にて、公然と書面共御渡ありては
  • 1061,634,59,2223申上候半と御請に及はれたり、事の次手に、筑州の申さるゝは、西城の御事を玄蕃ゟ土岐
  • 1878,641,60,2211なれは直に閣老衆へ持參すへき事なれと、餘りに備中殿の噂も認あれは、如何にも閣老衆
  • 1177,631,60,2227と、懸念も亦餘義なく聞えたり、兎もあれ、極密の所を玄蕃と熟談に及ひて、其上に御左右
  • 488,635,59,2218殿歸府の上なならては決して定議はなきよしを申されて、いつれも憤激に堪へさるよし、
  • 1410,650,60,2203へ疑念勝なる折なれは、もはや堂上へ立入る事も適ひかたくて、寡君迄反間の汚名ともな
  • 370,634,62,2221永鴻臚は餘りに極論に及ひて、伊賀殿も怒氣を含まれたる程の事なれば、聊其手を緩るめ
  • 604,646,58,2215いつれも〓に閣老へ申立て、内勅なと無きほとにと主張すれと、上・關の兩閣共に、備中
  • 946,636,59,2217攝津へ申談じて、攝津か舊僚なれは、平岡丹波へいたく及議論承り見たるに、未たいつれ
  • 255,642,61,2215てありしを、又大和を責付たれと、是もいつも〳〵も厚く含みては居れと、備中殿歸府な
  • 1760,650,61,2204へは、指出兼るなれは、各方へ見する程に、參考の一助共ならんには本懷の至りなり、閣老
  • 829,630,60,2227と定まりたる樣には伺ひ知らぬよし、丹州抔も初の程は兩端に定めかねしかと、此比にな
  • 1076,268,45,168繼嗣問題
  • 1998,758,43,421安政五年二月二十九日
  • 1996,2388,43,120七六六

類似アイテム