『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.456

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人儀何卒早速出府可致旨御沙汰有之樣、兼あ御含み相成候樣致度候、, 共、早御暇にて歸國之義は、昨年相定り有之儀こた、今更と相成候るは、國中一体之人氣, 儘歸國と相成候義、不都合之次第には候得共、段々阿波守申聞候趣も實こ無據相聞候こ, 申述しかは、民部被申しは、兎角六ケ敷事に聞えて心痛の由、乍併五日發の飛脚には同日, を指立たり、京地には諸家ゟ探索方の出居て旅宿も拂底なる計の由、其徒ゟ虚實も辨へす, 夕兩傳奏、備中殿旅亭へ行向ひ談判可有旨なれは、大凡勅許もあらせらるゝかと歡ひ思, 付、於拙者も強な指留候義も致兼候ニ付、任其意度存候間、右等之趣閣老衆迄御引直し, 不及御配慮段申上候樣にと申されたり、事の次手に、京師の事は如何なるやと御尋の旨も, 候隱居手前之儀も有之、旁當御時態に臨み、歸國致候儀も何とやら不本意千萬に存候得, は、於國許又々當年も罷歸り申間敷と申人氣合に相成、政事向にも相障り、且老年相成, 御物語に相成候樣致度候、尤此末備中殿歸府之上、彼是事ケ間敷儀等も有之候はゝ、同, 動靜に相拘候次第にて、何分當惑至極之趣申聞候ニ付、一應閣老衆迄相達候事こる、其, ひたりしに、其後絶て音信なけれは、又事の縺れや出來にけんと案事られて、此より飛脚, 民部殿承知之上にて被申聞候は、此事は大和殿へ及談候迄に候へは、其段物語置候間、聊, 種々の雜説を申越す故、此地にては風説紛々には困り入りたりと語らる故、如此荏苒旬を, 安政五年三月十五日, 蜂須賀齊裕, 歸藩ノコト, 京都ノ情勢, 安政五年三月十五日, 四五六

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  • 蜂須賀齊裕
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  • 安政五年三月十五日

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  • 四五六

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