『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.613

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々る故、事のよしを有の儘に申上たり、佐久良侯上京いたされ、異船の事を取繕ろふ, 嘆美し、惜まぬものはなろりしと之、, 〳〵ノケ條返答いたし候樣と有之候後、種々指詰り候義有之、十八日朝、割腹之由之、, 一京都風説云、, て申上られくる故、都筑之申口〓齟齬せり、有の儘に申上候ふは、關東の御恥に相, 成候よしにて、切腹いたし々るよし之、依之洛中評判に、此人こそ誠に關東侍也と、皆, 豐田小太來ル、云、都筑割腹は、大要ゟ鈴木内匠へ書状ニ、十四日ニ堀田天奏衆へ、此レ, 風説云、都筑は元浦賀奉行を勤られし故、異船之事實明かにしれり、京都の御問なゆ, 一十七日曉七ツ時前、御附武家都筑駿河守切腹被致候よし、十八日夜、噂有之候、, 候處、都筑參り候てゟ、東坊城等へ結び、交易さへ許し候得は、憂無之樣申振し、夫ゟ後、太, 右ニ付、小豐田云ト云、右は思ひ當り候義有之候、初メ京師ニテは、殊の外、外夷を憂ひ, 涕泣輯書〕, 十八日、, 右は、豐田、内匠こ面會、承り候事之由、, 閤樣抔迄、更こ憂ひ不申候樣相成候事之由、, 安政五年三月十七日, 纂會所藏本, ○維新史料編, 宮信, ○中, ○中, 略、, 敏, 略、, 司, 都筑峰重切, 腹ノ風聞, 坊城聰長ト, 結ブ, 都筑峰重東, 安政五年三月十七日, 六一三

割注

  • 纂會所藏本
  • ○維新史料編
  • 宮信
  • ○中
  • 略、

頭注

  • 都筑峰重切
  • 腹ノ風聞
  • 坊城聰長ト
  • 結ブ
  • 都筑峰重東

  • 安政五年三月十七日

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  • 六一三

注記 (32)

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