『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.786

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前守申條筋目たゝしきかと存候事、, 指當る大事をのかれ、播州え歸城し、三日とも休足不遂して、則時に打て, 座候而、茶坊主共に枕を御取よせ被成、御やすみ候て、湯なと御取よさ、香, 京都御切腹被成候折節、筑前守は中國備中ニ大敵乃輝元と指向、其身に, 候へとも、又被申出衆もなく相見え候處の爲躰、秀吉御覽被付、いや〳〵, 取立可被成事御尤かと存候事, し指出申候と被申出候而、御座敷を被立候く、だれよりたいすの間へ御, 〓散なと乃いり、ゆる〳〵と御休足被成候、御心には定め跡にてせんき, 一五郎左衞門殿又被申次第右ニ如申候、勝家御腹立被成ましく候、上樣於, まち〳〵たる〓おと被思召候處に、如案評定はとり〳〵也、其中に丹羽, 被成事こだ、五常筋目も可然かと存候處に、ましてや若君御座候上は、御, 一柴田殿をはしめとし、其外の大名衆、筑前守申通、筋目立申候とは各被存, 此座敷に秀吉於有之は、惣談しにくかるべき也と思召、いつもの虫氣少, 五郎左衞門殿被申出樣子はは、勝家の樣ニ申候とて御腹立被成間敷候、筑, のほり、我人の主のかたお無道人を討果事、天命にもかなひ申筑前守か, 油斷ヲ説, ノ席ヲ立, ノ功ヲ述, 秀吉會議, 香〓散, 長秀秀吉, べ勝家ノ, 天正十年六月二十七日, 七八六

頭注

  • 油斷ヲ説
  • ノ席ヲ立
  • ノ功ヲ述
  • 秀吉會議
  • 香〓散
  • 長秀秀吉
  • べ勝家ノ

  • 天正十年六月二十七日

ノンブル

  • 七八六

注記 (24)

  • 613,695,62,1066前守申條筋目たゝしきかと存候事、
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