『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.830

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え藤藏右の通ニ申上る故、其夜中小牧え御歸被成、, か來たと騷く所へ、會釋もなく敵の陣中へ乘込、横竪を乘廻はし、存分に, 存時に、物見來、小幡をは早々引拂被成候段申、秀吉手をうつる、奇妙に, にや、細川を譽申候、秀吉は小牧へ御歸被成候を不知、朝込に可取懸と被, を歩行、宇治へゆき、竹庵と名をかへ、茶師に成、大小名へ茶を給、諸家の, 人數を扱ひ被申候は存ことも、是程まとは不思、神の如し、此方の不及, 田の秀吉の陣屋を燒、忠美の働也、秀吉も陣屋をは被燒難義被致, 所なりと肝を潰し、然らや人數を樂田の方え被引拂、此間に左衞門尉樂, 夜宿陣しる、明日朝込に可參もはかり難しと申上る、尤其御相談有之所, 一秀吉は田中へ可引拂と、後殿を堀尾茂助、細川越中に申付③引拂被申、立, 見す歸り、言上申は、敵此方へ可參樣子なし、飯食をしたゝめて罷在候、今, 一神林越前正重首二ッ取、御褒美なり、, 此以後思召にかなはす□に成、御内意を蒙りと、御家を出ふ、彼方此方, 泉寺山觀音堂を燒あけらるゝを松明にして引拂ふ、此義何そ之譯, ある, 天正十二年四月九日, 樣子を注進する、宇治の御代官に被仰付、竹庵は關ヶ原の時〓, 二三戸, 秀吉ノ樂, 田ノ陣屋, 酒井忠次, 上林正重, ヲ燒拂フ, 于治の御代官に被仰付、竹庵は關, 八三〇

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  • 二三戸

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  • 秀吉ノ樂
  • 田ノ陣屋
  • 酒井忠次
  • 上林正重
  • ヲ燒拂フ

  • 于治の御代官に被仰付、竹庵は關

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  • 八三〇

注記 (25)

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