『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.26

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論に及はれしとそ、, く英明の儲君、賢徳の宰輔に出候はんには、如何なる難事たりとも行はれぬ道理は有へか, の御家を、維持挽回爲へき大機會、此策より善きはあらす、十分決定して、此節專ら廟算中, らす、先つ此二大件を定めあ后、京師の御扱ひ、夷狄の御處置等も、此條理より立行かて, 入れて、眞率にかゝる重大の議をも申出され、其他方今東西の形勢に就きても、種々の議, 落にして、小節に拘はらさる度量ある故、左内をも入幕の〓とかいへる振にて、燕室に引, らるゝは、正理公論第一等の上策なるへきものをと、勢ひこふで申さる故、左内も、夫れよ, に有なれは、御歸國なんとの事は思ひもよらす、賢勞は恐入候へとも太守公の倚頼なく, のをもいはせす、其臣としてしかいはるゝは何の珍敷事かはある、別に天下を治る策あり, からんと迂濶に雷同すへき事にもあらねは、寡君否徳と辨論に及はんとせしかと、肥州も, や、別に宰輔に任する人ありや、申されよ承らんといへる勢ひなる故、左内も遂に辭屈し, は、上下人心の歸向も定りかたくて、寧謐すへき見込更になし、已に傾覆せんとする徳川, 〔橋本左内上京旅費及諸雜費覺書〕, ては、たとひ西城立たせられ候あも何の詮かあるへき、西城被爲立候上にて宰輔を任せ, たりと物語れり、總して肥州は、才幹智略當世の選にる、雄辨懸河のことく、しかも禁懷洒, ○橋本景岳, 全集所〓, 忠震ノ人物, ハ不可, 慶永ノ歸國, 評, 安政五年四月十一日, 二六

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  • ○橋本景岳
  • 全集所〓

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  • 忠震ノ人物
  • ハ不可
  • 慶永ノ歸國

  • 安政五年四月十一日

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  • 二六

注記 (23)

  • 309,627,59,478論に及はれしとそ、
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