『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.652

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えて、面疲せて〓骨高くなれりと申せしなと、申されたりとそ、, て、此度は殆困し果て候なり、おもふ儘に誑き果ふせんとおもひしか、かへらまに誑れた, る樣にて、殊の外心を痛め候ひき、墨吏は僕の顏を見て、京都はよく〳〵艱難なりしと見, 第を申上られし大約は、備中殿ゟ條約は申立のことくすへけれは、今暫く待へき旨を申さ, との事にて濟たる由なり、夫ゟ公、廷尉へ歸東の御歡ひを仰せ述られしに、廷尉頭を〓, 力を竭し申上候へと、更に御改心の御氣色なく、兵部ニ於ても恐入たる次第候へと、今日, れは、適ひかたきよしを申て果てされは、猶委しき事は明日懸りの者共指越して談すへき, れしに、彼いへるは、是迄將軍は政權を專らにし給ふ事とおもひしに、京都へ奏せられ, 々申諭して止めては候へと、待て〳〵といへるも度々の事にて、待事の長きに際限もなけ, 一、此日、竹腰兵部御逢を願ひて申上けるは、尾公の御事、御家老清水丹後とも申談し、精, て、京都にて決せらるゝ事ならんには、使節も京都へ參り候はんと申募りしかと、夫は種, 右の事畢りて後、川路左衞門尉殿、下の部屋へ參入して、昨日備中殿邸こた、墨吏應接の次, を僕へ申させ給ひし故、いと難き事なる由を申上たりしかは、さらは御實父の中務大輔殿, の御答丈ケの儀は、先つ御平穩なるへき旨には御聞濟に候也、讃岐守殿ゟも、尾張殿の事, x, ヲ聽ク, 應接ノ次第, 川路ヨリ正, 尾州侯改心, セズ, 睦「ハリス, 安政五年四月二十五日, 六五二

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  • ヲ聽ク
  • 應接ノ次第
  • 川路ヨリ正
  • 尾州侯改心
  • セズ
  • 睦「ハリス

  • 安政五年四月二十五日

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  • 六五二

注記 (23)

  • 667,650,59,1568えて、面疲せて〓骨高くなれりと申せしなと、申されたりとそ、
  • 900,655,62,2222て、此度は殆困し果て候なり、おもふ儘に誑き果ふせんとおもひしか、かへらまに誑れた
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