『大日本維新史料 編年之部』 3編 6 安政5年4月26日~5月10日 p.294

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候、何れにても名器等之儀は、重く御扱被遊候樣、奉存候儀に御座候、, ば、瑣細之事に喜怒動き易き者に御座候て、兎角一朝之事に、萬世之大業を誤り候に至り, 一、無遠慮必有近憂と申語、是亦當今切要之事と奉存候、志遠大に無之、心恢廓に無之候へ, 同敷大志壯心にて、艱難に行當り候ても、少しもひるむ事なく、綽然措置被致候間、僅に數, 十年之内にて、大業成就仕候、恐多き事に御座候へ共、後鳥羽天皇・後醍醐天皇の如, 申候、太祖の創業被爲遊候如き、筑紫より御手始にて、大和に御入込まで之間、不, 之大小により、姓並寵號相添へ賜はり候樣御座候はゞ、愈々以都合宜敷事に可有御座奉存, 軍押寄候へ老、直樣謀臣に罪を歸し、賊手に被爲遊御渡、且又僅に京都還幸被遊候へ, たる東北まで皇化に浴し、海内棋布、封建之大制被爲遊定候儀、御聖徳可然事とは乍, き、叡慮は御盛に御座候へ共、御志小さく、御心狹く被爲在候故、僅に鎌倉より賊, 申、畢竟御志遠大、御心恢廓故之儀に御座候、且又當日補佐之人々、種子命・道臣命等、, 口、小人は鼓舌、却て武家之政治に劣り申候故、天下の人心又々亂を思ひ、遂に不可支に至, 老、夫まで之事にて、天下の大形勢御覽も無之、功臣之御扱等、偏重偏輕にて、君子は杜, 一方難澀之筋有之候へ共、少しも御沮喪の氣無之、極意之所御見通しにて、遂に荒漠, 寵遇にて姓を賜ひ候由、近代姓氏之儀、殊更亂りケ間敷相成居候間、右舊典被爲復候て、功, 志ハ遠大ナ, ルベシ, 安政五年四月是月, 二九四

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  • 志ハ遠大ナ
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  • 安政五年四月是月

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  • 二九四

注記 (19)

  • 1604,631,62,1703候、何れにても名器等之儀は、重く御扱被遊候樣、奉存候儀に御座候、
  • 1370,635,63,2209ば、瑣細之事に喜怒動き易き者に御座候て、兎角一朝之事に、萬世之大業を誤り候に至り
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