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申、あまさへ御しよのうゑと。露ニうたれ候てよもあつし、日し時を, き候て、はこ〓山と。御れけ候、したかて惟定御とも仕候て、かちは〓, しの。にて御とも仕候て、しやうとつう身のたとのおよひ候程は、く, 〓しともにしこう仕候がふた心候はす、くんちうをいたし候、〓に, これありさうとうの時、京都ニ御さの時、夜はよもすつら御はんを, さいくやうのいつう。の御房ニ、〓〓□なところニ、ちんせいニ御くた, せん仕候て、京都にまい□□處ニ、上の御さの所わんちせす候しあいた, う〓さすほうこうの中をいたし候ぬ、其後しやうくんとうらんニ〓, 其時、ひやうこのかせんに□方御まけ候しニ、きやうととわれ〳〵もか, ん中をいたし候、〓にはしや□くんちんせいよりせめのほらせ給, りの由うけ給り候し、やつてまかりくた□〓□し〓, し處ニ、道の程たやすろ, (惟有), ヒ筥根ニ, 抽ズ, ニテ奉公, ヨリ上洛, 官軍兵庫, 惟定京都, 惟時ニ從, 尊氏鎭西, 下向ノ風, 戰フ, ニ敗ル, ノ忠勤ヲ, 惟定山門, 時ノ所在, 惟時鎭西, ヲ尋ヌ, 奉シ惟時, 行幸ニ供, ニ退キ惟, 惟定京都, 説, ス, 一六八
頭注
- ヒ筥根ニ
- 抽ズ
- ニテ奉公
- ヨリ上洛
- 官軍兵庫
- 惟定京都
- 惟時ニ從
- 尊氏鎭西
- 下向ノ風
- 戰フ
- ニ敗ル
- ノ忠勤ヲ
- 惟定山門
- 時ノ所在
- 惟時鎭西
- ヲ尋ヌ
- 奉シ惟時
- 行幸ニ供
- ニ退キ惟
- 説
- ス
ノンブル
- 一六八
注記 (36)
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