『大日本古文書』 幕末外国関係文書 12 安政2年6月上旬~同年9月上旬 p.240

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領し候、, 一右肝要の砦や、一方に於てや、ワルラセイエ, 人退陣の期に移らしめ申候、是は即凡第六月, 之候、, 且又魯西亞人を諸方より煩さしオメル、パガー, 一第四月, 一同盟方軍勢一手の出張に付、嘆〓〓拂郎西勢の大群右塲所近邊に赴き、フ, 一依之此所乃戰爭や、ドナウ河口の邊及ひ此河口邊の沼地、住民少きドブリ, 末の事に有, ユツトスカーと申所迄引取、境間の戰爭と相成、其後は右塲所に魯西亞人, 魯西亞方此塲所を取圍て、數千の兵を失ひ候後は、二万五千の同盟押寄せ、, アルナー, 山バルカンの北東に於てき、都兒格一分の要害に有之、ドナウ河の大分を, 襲入し、オメル、パガー〓の方よりは、時々是を追拂申候、, ひ、至極難儀に及ひ候、然れとも魯西亞方競掛りし勢は、悉く討れ申候、且又, 軍勢魯西亞國の一方に襲候や否、暫の間は相知不申候、然まとも同盟方は, の港を集合の塲所といたし候、一致の拂郎西〓〓〓都兒格の, に襲入るに勝手宜く、且又連, 右砦魯西亞方より少勢を以て取圍み、狹く閉込、屡襲, の軍兵寄を掛て、魯西亞, 夘四月中旬より, り二月中旬迄, 夘正月中旬よ, 五月中旬まて、, 人, 地, 名, 地, 名, 名, 安政二年七月, 二四〇

割注

  • 夘四月中旬より
  • り二月中旬迄
  • 夘正月中旬よ
  • 五月中旬まて、

  • 安政二年七月

ノンブル

  • 二四〇

注記 (32)

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  • 1834,566,65,1307一右肝要の砦や、一方に於てや、ワルラセイエ
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