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南部の佐井大瀉之邊間近く人家もみゆる計也、津輕の山と迄見渡されて、, 東國北國第一之大港成るへし、此地は寛政の頃ゟ公料と成りて賑ひけるか、文政に至りて, 松前家へ返し給りしこのかた、小家の苛政にくるしみ、近年衰微の折柄、こたひ又公料に, 下の人こ引連て市町を見巡り、藥師山にのほりてみるに、空晴わたりて四方くまなくみ, ゆ、市町戸數三千、辨天丁ゟ升形迄二十町もありし、軒端たてつゝき商家多く、山の上町, かに保喜參らするとて文にそへて贈りぬ、, 成て、あらたに鎭臺をまふけ給ふ事なれは、土民の御惠を奉仰折柄なれは、實に高き家に, には青樓杯あり、いとにきわひたるさま也、諸國の入船數不知かゝりたる湊の風景、實に, 陸奧の佐井の渡りの眞帆片帆外か濱迄晴るゝ夕泙, ふへき旨、長岡侍從下し文告來りけれは、旅の草臥もわすれて其事共扱ふ、六日朝より配, 晴わたる秋の夕日の花やかに帆影の數のみゆる湊江, 川村就脩朝臣難波の市正に成けるよし、夷地のあつけしのやとりに告來りけるまゝ、はる, いにしへにかへる惠の波の戸や烟賑ふ箱館の甲, のほりてみれはといわまほしきさま也、, ノ大港, 箱館港ハ東, 國北國第一, 村垣淡路守公務日記附録一, 三八二
頭注
- ノ大港
- 箱館港ハ東
- 國北國第一
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- 村垣淡路守公務日記附録一
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- 三八二
注記 (19)
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