『大日本近世史料』 細川家史料 4 細川忠興文書四 p.238

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無理こも異見可申と存候事、, りて被居候、今は驢庵之藥にて候、先日之比食被給候へは腹はり候由被申候間、萬病圓參, くうすく御入候、十之物八ツ九ツも本復有間敷と、にか〳〵敷存迄之候、此上も養性候事, はやころはれ候と見え申樣二御座候、やせられ候事身なりなとは板二る作り候人形のこと, 候、笑止千萬にて候、見申たる所は、二三日之内こつまられ候樣二見え申候へ共、未かゝ, 候へ共、もむや跡にて役二立不申候、其上たくさんニのまれ候へ共聞不申二付、其後は無, 可然由申候へハ、萬病圓取二給候間十粒十五粒つゝ兩度遣候處、のみたり不申由被申候, 間、左樣之煩にては無之と、土方なと同道仕參候る申候へ共、こくうなる事二精を被盡, 服用候、是程二物之合點不參候、にか〳〵敷儀候、今は座敷を杖をつきあるかれ候へ共、, 間、つよき藥にて一度二多クハのまぬ物にて候由、樣〳〵懇之書付遣候へは、尾張大納言, 殿へ被申、多ク取寄、一日二百十四五粒廿粒程ものまれ候由候間、沙汰之限にて候由申遣, 之煩と未被心得候、只當座之蟲にて候間、藥にておしこみ候よ、頓〓本復可仕と被存候, 一、淺采女殿煩、以外こ〓候、大略可被果と見え申候、異見申候へ共其跡もつき不申候、大事, 一、大隅殿・伊勢兵部所へ之状持遣候、返事にて候由候て状不參候、立花飛彈殿ゟは状參候間、, (徳川義直), 藥服用, 半井驢庵ノ調, 萬病圓ヲ服用, 淺野長重病篤, 最早本復アル, マジ, シ, 寛永九年八月(九八二), 二三八

頭注

  • 藥服用
  • 半井驢庵ノ調
  • 萬病圓ヲ服用
  • 淺野長重病篤
  • 最早本復アル
  • マジ

  • 寛永九年八月(九八二)

ノンブル

  • 二三八

注記 (24)

  • 592,855,80,1019無理こも異見可申と存候事、
  • 1898,852,83,3320りて被居候、今は驢庵之藥にて候、先日之比食被給候へは腹はり候由被申候間、萬病圓參
  • 750,844,87,3338くうすく御入候、十之物八ツ九ツも本復有間敷と、にか〳〵敷存迄之候、此上も養性候事
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