『大日本近世史料』 細川家史料 5 細川忠興文書五 p.134

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く、其方領分二候間、是又此方かまい無之候事、, 一、下郷村之晝之休不入由、得其意候事、, 五本立候、高麗日おほいをはや申付置候事、, 一、若古八代被見候儀も可在之由、得其意候、内々申候ことく、彼山下近所二法花寺在之事候, 乙茶屋・馬屋なと可申付かと存候、左候と、大福寺之茶屋へ近ク候はん哉、此儀爲談合申, 尤之由申候つる、如此フ候間、宿拵此方かまい不申候事、, 居候家、兩所二十軒程あるへき由申候間、殘ル二十二三人之家之分は、新敷立候はては不, 一、麥嶋古城を被見候と、求麻川之渡場にて候間、下々舟を越候内二やすまれ候樣二、そさう, 條、彼堂を茶屋之可申付候、山之上二茶屋を立へきとの儀にては無之候、被申越候樣二棒, 一、晝之休、蜜柑之木之在之大福寺たるへき由、彼地之儀も、江戸にても此地にても申候こと, 一、宮原之被泊候由、彼地は八代郡之内にて候へ共、道筋故其方領分二被仕度由〓前被申候間、, 候事、, 成儀候事、, 一、右求麻川之渡り舟、當春被見候ことく、何もちいさく候、自身被乘候舟こは、我々小早共, 寛永十年六月(一一二〇), 古八代ヲ見ル, ル時ハ從者渡, 蜜柑ノ木在リ, 高麗日覆, 麥島古城ヲ見, 船ノ間ニ休息, 宮原宿泊, ノ要アリ, トス, スベシ, 堂ヲ茶屋トヤ, 晝休ハ大福寺, 時ハ法華寺ノ, 不足分ヲ新築, 球磨川ノ渡船, 一三四

頭注

  • 古八代ヲ見ル
  • ル時ハ從者渡
  • 蜜柑ノ木在リ
  • 高麗日覆
  • 麥島古城ヲ見
  • 船ノ間ニ休息
  • 宮原宿泊
  • ノ要アリ
  • トス
  • スベシ
  • 堂ヲ茶屋トヤ
  • 晝休ハ大福寺
  • 時ハ法華寺ノ
  • 不足分ヲ新築
  • 球磨川ノ渡船

ノンブル

  • 一三四

注記 (31)

  • 1491,836,84,1771く、其方領分二候間、是又此方かまい無之候事、
  • 2151,756,86,1430一、下郷村之晝之休不入由、得其意候事、
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