『大日本近世史料』 細川家史料 10 細川忠利文書三 p.82

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洛無用との觸状參候、是も、先こしらへ御待候へと、兵部申下候事、, 一、此方へ御下向之儀と、再三御無用との注進、此比其元へ可參候、とかく京迄は御上洛御尤, 一、我等印二ツ被返下候、請取申候、又御印上申候、此等之趣〓有披露候、恐々謹言, 奉存候、東衆も、正宗をはしめ、江戸近所二知行御座候、それまて一兩日中二被參之由, 候、江戸へ參府之衆、はや被上候へと被仰出候へ共、于今忍候る、かゝ肥前殿をはじめ逗, 留にて御座候、蜂蓬庵は行歩叶不申候故、被罷下儀ハとかく成間敷由候、嶋津殿へは、上, 候事、, 一、烏丸殿・飛鳥井殿御下も、今少御見合なされ、御尤奉存候事、, 一、生見玉之御祝儀申上候處、御書被下、奉忝存候事, 上意二御座候、打續今四五日もかやうの御氣色二御座候はゝ、よき事も御座候はんかと、, 一、大炊殿より之御返事、則我等飛脚二進上仕候事、, 一、本美濃守殿之事、御見廻二今月九日二被下、道にて乘物にふられ、翌日十日之朝死去被仕, 「酉剋」, 通仙も被申候間、先目出度儀と申事にて御座候事、, (註記), 所迄來ラム, ニ出府シ駕二, 戸近所ノ知行, 江戸參府ノ衆, 本多忠政見舞, ハ忍ビテ逗留, 振ラレ歿ス, 伊達政宗等江, 生見玉ノ祝儀, ス, 寛永八年八月(四四五), 八二

頭注

  • 所迄來ラム
  • ニ出府シ駕二
  • 戸近所ノ知行
  • 江戸參府ノ衆
  • 本多忠政見舞
  • ハ忍ビテ逗留
  • 振ラレ歿ス
  • 伊達政宗等江
  • 生見玉ノ祝儀

  • 寛永八年八月(四四五)

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  • 八二

注記 (27)

  • 666,725,64,1635洛無用との觸状參候、是も、先こしらへ御待候へと、兵部申下候事、
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