『大日本近世史料』 細川家史料 16 細川忠利文書九 p.87

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

一五八七六月十三日伊丹康勝宛書状, 乙との儀、安御用候、さりなから、今程御上使も肥後へ無御出さき之、家中のもの馬をは, なし申間敷かと存候、と角馬之儀し御事はかけ申間敷候、我等うけ取申候間、可御心易, 態以飛脚申入候、, 一、肥後へ仕置之被成御下候由、御太儀千萬候、, 一、留守居共ゟ、吾等もの共まて申候へと被仰候由にて、肥後にて馬を調、鶴崎まて出し候樣, 尚々、夜〳〵は侍廿卅にて夜廻仕候由申來候、是は肥後之事にて候、以上, 本少三樣, 〔本郷勝吉)人々中, 六月十日, 寛永九年六月(一五八七), 〔勝〕, 加藤家中ノ馬, ノ受取リヲ命, 加藤家中領内, 國仕置ノ爲下, 伊丹康勝肥後, ヲ夜廻リス, 上使未ダ肥後, ゼラル, 向ス, ニ著カザレバ, 寛永九年六月(一五八七), 八七

頭注

  • 加藤家中ノ馬
  • ノ受取リヲ命
  • 加藤家中領内
  • 國仕置ノ爲下
  • 伊丹康勝肥後
  • ヲ夜廻リス
  • 上使未ダ肥後
  • ゼラル
  • 向ス
  • ニ著カザレバ

  • 寛永九年六月(一五八七)

ノンブル

  • 八七

注記 (24)

  • 870,785,73,1357一五八七六月十三日伊丹康勝宛書状
  • 331,663,56,2190乙との儀、安御用候、さりなから、今程御上使も肥後へ無御出さき之、家中のもの馬をは
  • 218,658,57,2191なし申間敷かと存候、と角馬之儀し御事はかけ申間敷候、我等うけ取申候間、可御心易
  • 667,653,51,400態以飛脚申入候、
  • 554,606,53,1108一、肥後へ仕置之被成御下候由、御太儀千萬候、
  • 442,606,55,2248一、留守居共ゟ、吾等もの共まて申候へと被仰候由にて、肥後にて馬を調、鶴崎まて出し候樣
  • 1447,819,53,1813尚々、夜〳〵は侍廿卅にて夜廻仕候由申來候、是は肥後之事にて候、以上
  • 1226,820,48,210本少三樣
  • 1181,813,42,357〔本郷勝吉)人々中
  • 1670,932,54,209六月十日
  • 117,730,45,611寛永九年六月(一五八七)
  • 1277,867,32,58〔勝〕
  • 424,234,40,259加藤家中ノ馬
  • 379,242,41,252ノ受取リヲ命
  • 1465,231,43,261加藤家中領内
  • 511,233,43,259國仕置ノ爲下
  • 556,232,44,263伊丹康勝肥後
  • 1419,234,42,208ヲ夜廻リス
  • 288,233,42,262上使未ダ肥後
  • 334,239,38,116ゼラル
  • 471,233,36,77向ス
  • 245,245,39,242ニ著カザレバ
  • 116,730,45,613寛永九年六月(一五八七)
  • 120,2456,45,85八七

類似アイテム