『大日本近世史料』 細川家史料 22 細川忠利文書十五 p.110

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一、爰元未諸手仕寄にて御座候、我等仕寄は塀際へ三間半二仕詰、其裏ニ勢樓を多あけ、築山, 一、其元御無事之由、珍重存候事、, 可御心易候、其外相替儀も無御座候、猶追に可得御意候、取紛候間早々如此候、恐惶謹n, なとも築候へとの儀にて、今明日中二出來仕候、塀ゟも過分ニ高御座候故、塀裏見さけ中, 仕寄裏へもひた物石を打中候事、, 一、城内薪・玉藥・兵粮以下ュつまり候田毋候、玉藥無之と見え、鐵炮は少つゝ打中候、我等, 樣ニ御座候、鐵〓にてこなさせ中候、右のことく仕寄近付候間、のりこ之可中儀と可思召, 一、此度と隨分手負無之樣ユと被仰出付に、楯其外道具共色々つかへさる樣ニ用意中付置候間, 付る、其覽悟仕候、三之丸とを取候共、二丸・本丸は手間入可中と存候、左候はゝほしころ, 一、城内塀裏ニ堀をほり、又、爰かしこをほり、土をあけ置毋候、定るに落穴なとにて可有之哉, 候、此度と城のりにては無御座、塀を此方り取、仕寄にて押込中樣こと上使堅御甲渡候, しにも成可中哉と存候事、, と毋事候事、, 二月十九日, 寛永十五年二月(四〇二八), 穴アラム, 丘(粮攻メモア, 揆勢玉藥〓, 打ソ, 乏スル故石ヲ, 上使ノ指圖ア, ハ〓クル樣二, 城内塀裏二落, 二命ゼラル, 手負人十キ樣, 一學ノ城乘込, ラム力, 寛永十五年二月(四〇二八), 一一〇

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  • 穴アラム
  • 丘(粮攻メモア
  • 揆勢玉藥〓
  • 打ソ
  • 乏スル故石ヲ
  • 上使ノ指圖ア
  • ハ〓クル樣二
  • 城内塀裏二落
  • 二命ゼラル
  • 手負人十キ樣
  • 一學ノ城乘込
  • ラム力

  • 寛永十五年二月(四〇二八)

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  • 一一〇

注記 (29)

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