『大日本近世史料』 細川家史料 22 細川忠利文書十五 p.309

Loading…

要素

頭注キャプションノンブル

OCR テキスト

四二一四三月十四日稻垣重綱宛書状, 思刀口通ニ付御飛脚、忝儀共ニ候、如仰諸手無田斷候故、早々相濟琉重ユ存事ニ候、きりし, に、此度も少と人もそこね候へ共、壹人ももれ候はん樣ニ仕上と、少者手負もなく, 尚々、此中人そこね不中候樣之と被仰付候故、殊外ねはく仕、御機嫌いかゝと存候, 有馬之きりしたん共去月廿七日三之丸・二之丸・本丸迄相濟候由被聞召ニ付る、日古度, 候ては不成事ニ候、其上俄事にて候間、是ほとになくては不罷成候、御機嫌之程承, 度、無御心元存候、以上, 御報, 二月廿四日, 樣二トノ上〓, 人ヲ損ナハヌ, ナレド一人干, 原城落城ニソ, スレバ損失ハ, キ使者送ラル, 逃サザル樣二, ルヲ謝ス, 避ケラレズ, (阿部正文), 寛永十五年三月(四二一四), 三〇九

頭注

  • 樣二トノ上〓
  • 人ヲ損ナハヌ
  • ナレド一人干
  • 原城落城ニソ
  • スレバ損失ハ
  • キ使者送ラル
  • 逃サザル樣二
  • ルヲ謝ス
  • 避ケラレズ

キャプション

  • (阿部正文)

  • 寛永十五年三月(四二一四)

ノンブル

  • 三〇九

注記 (21)

  • 310,362,38,701四二一四三月十四日稻垣重綱宛書状
  • 151,329,27,1101思刀口通ニ付御飛脚、忝儀共ニ候、如仰諸手無田斷候故、早々相濟琉重ユ存事ニ候、きりし
  • 592,416,27,1012に、此度も少と人もそこね候へ共、壹人ももれ候はん樣ニ仕上と、少者手負もなく
  • 646,414,27,1016尚々、此中人そこね不中候樣之と被仰付候故、殊外ねはく仕、御機嫌いかゝと存候
  • 205,331,27,1099有馬之きりしたん共去月廿七日三之丸・二之丸・本丸迄相濟候由被聞召ニ付る、日古度
  • 536,414,28,1015候ては不成事ニ候、其上俄事にて候間、是ほとになくては不罷成候、御機嫌之程承
  • 482,411,26,301度、無御心元存候、以上
  • 735,605,21,42御報
  • 873,471,24,131二月廿四日
  • 631,107,21,128樣二トノ上〓
  • 653,109,20,126人ヲ損ナハヌ
  • 610,109,20,124ナレド一人干
  • 212,109,19,125原城落城ニソ
  • 566,110,21,122スレバ損失ハ
  • 191,109,19,126キ使者送ラル
  • 589,109,20,123逃サザル樣二
  • 168,110,19,82ルヲ謝ス
  • 545,109,20,105避ケラレズ
  • 784,470,17,81(阿部正文)
  • 95,376,24,345寛永十五年三月(四二一四)
  • 96,1204,23,67三〇九

類似アイテム