『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.131

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南向茶話一卷, 年所祭素盞烏尊也といふ、又治亂記江戸城築之條下に、津久戸大明神は氷川と同體のよ, 所へ遷座あり、寛永中外郭出來の剋、今の所へ又々遷座あり、或古老の説に、築土もとは, その堺にかけし橋によりての名なりといふ、皆慥ならす、是書の説穩當といふへし、牛込, 邊を論したる下、築土明神は諸説に見えたる通、往古平川村に在て、其後に牛込御門の, 次土と書す、往古江戸明神とて御城内の鎭守たるよし、江と次と字形近きゆへ、いつれ, の頃よりか誤れりといふ、予若年の頃まて築戸明神と堂上方の筆にて額もありしに、〓, 條、故實を傳たるもの多し、青山・赤坂邊を論したる下、笄橋、此地の古老物語に、此所, 孫王の笄の説、又御入國のみきり、此所において甲賀組・伊賀組えやしきを下されし, 江戸と號する事より、武藏國俗に二十四郡といへとも今廿二郡に過さる事まて、二十三, しなれは素盞烏尊也といへり、今案するに、築戸明神の社説には當社平將門の靈なりと, 酒井忠昌撰、江戸御入國以來、地理變革して不審なる事を問答に託し論したる書なり、, 頃は築土と書改む、古老の説を案するに、風土記豐島郡の内に、江戸或は荏土、大寶一一, もと鵯ケ谷村と云、其村の橋故にかうか谷橋也といふと、今案するに、江戸砂子なとに六, もと, 寫本, 一册, 二〓, 酒井忠昌撰, 築土明神, 笄橋ノ名義, 別紀第八(武藏), 一三一

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  • 寫本
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  • 酒井忠昌撰
  • 築土明神
  • 笄橋ノ名義

  • 別紀第八(武藏)

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  • 一三一

注記 (23)

  • 1853,709,75,472南向茶話一卷
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