『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.190

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り二年七月比迄の繪圖にやといへり、後又類本を以て闕略を補ふものは朱書を以てわか, 月鐫、東は淺草北は染井西は小石川の圖一鋪、同年十一月鐫、赤坂麻布芝之筋の圖一鋪、, 遠近道印撰、御廓内の圖一鋪、寛文十年十二月鐫、深川本所淺草の圖一鋪、同十一年四, をわかち、標幟となす、青を水となし、黄を道となし、淡墨を田となし、朱を橋となし、, 南芝を限り、東隅田川を限り、北谷中を限り、西中野を限る、圖傍圈をもつて著色の例, 道里程を記せり、, 保元年七月廿四日誕生、越前宰相忠昌朝臣正保二年八月朔日逝去なれは、正保元年末よ, てり、, 緑を丘及林となす、大久保忠寄案に、是圖長松君御屋敷・越前宰相屋敷見ゆ、長松君正, 同十三年二月鐫、小日向牛込四谷の圖一鋪、同年閏六月鐫、圖傍に道印花押およひ經師, 寛文板江戸大繪圖五鋪カ, 正保江戸繪圖一鋪, 本多氏の屋敷より東及今の木挽町松平周防, 本多氏の屋敷より東及今の木挽町松平周防守〓βの屋敷より東、みな海に屬す、圖傍海, 寫, 寫, 深川本所淺草, 東ハ淺草北ハ, 廓内ノ圖, 遠近道印撰, 西ハ中野ヲ限, 染井西ハ小石, リ二年七月頃, 迄ノ繪圖カ, 南ハ芝東ハ隅, 正保元年末ヨ, 著色圖, 田川北ハ谷中, 川ノ圖, ノ圖, ル, 編脩地誌備用典籍解題卷之十二, 一九〇

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頭注

  • 深川本所淺草
  • 東ハ淺草北ハ
  • 廓内ノ圖
  • 遠近道印撰
  • 西ハ中野ヲ限
  • 染井西ハ小石
  • リ二年七月頃
  • 迄ノ繪圖カ
  • 南ハ芝東ハ隅
  • 正保元年末ヨ
  • 著色圖
  • 田川北ハ谷中
  • 川ノ圖
  • ノ圖

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之十二

ノンブル

  • 一九〇

注記 (33)

  • 860,762,62,2240り二年七月比迄の繪圖にやといへり、後又類本を以て闕略を補ふものは朱書を以てわか
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