Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
上總國笠森觀音縁起一卷, の宮疑ふへし、又長元元年御堂こと〳〵く造營し、勅願ありて法樂と號、供養の導師は, 帝の御宇延暦中傳教大師創立と見ゆ、冷泉帝の皇子五條の宮上總の太守に任しくたらせ, し、卷末、元祿元年の記録を附す、僧曰蓮當寺の觀音を信せし事なとをしるす、, 改正上總國全圖一鋪寫, に、長元は後一條院の年號なり、是書の末、寛治二年辰四月八日大悲山笠森寺楠光院五, 世大僧都覺海書とあり、長元元年をさる事僅に六十二年、その事謬安ならさる事見るへ, 上總太守たりし事は見へす、且皇子の任國といふは都にとゝまり給ふ事通例なり、五條, 按するに、笠森寺長柄郡笠森村に在、大悲山楠光院と號す、縁起にいふ所にては、桓武, 横川覺紹僧都なり、中納言顯基卿勅を蒙りて文章博士をして願文を作らしむと、今按る, 給ふといふ事有り、今按るに、冷泉の皇子爲尊・敦道二親王は大系圖にものせたれとも、, 憶丸撰、寛政七年乙卯の圖、圖傍の標幟安房國全圖に同し、但、郡郷沿革考を附す、彼, に比するにやゝ委し、疆域・路程・郡郷の名・戸數・租税を載、但、廢郡の租税のみし, 編脩地誌備用典籍解題卷之十一, 寫本, 册, 卷末ニ元祿元, 郡郷沿革考ヲ, 年ノ記録ヲ附, 年覺海書ト記, 秦檍丸撰, 卷末ニ寛治一, 寛政七年圖, 附ス, ス, ス, 編脩地誌備用典籍解題卷之十一, 二二二
割注
- 寫本
- 册
頭注
- 卷末ニ元祿元
- 郡郷沿革考ヲ
- 年ノ記録ヲ附
- 年覺海書ト記
- 秦檍丸撰
- 卷末ニ寛治一
- 寛政七年圖
- 附ス
- ス
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之十一
ノンブル
- 二二二
注記 (28)
- 1734,713,76,857上總國笠森觀音縁起一卷
- 1106,772,62,2237の宮疑ふへし、又長元元年御堂こと〳〵く造營し、勅願ありて法樂と號、供養の導師は
- 1452,763,62,2244帝の御宇延暦中傳教大師創立と見ゆ、冷泉帝の皇子五條の宮上總の太守に任しくたらせ
- 647,774,58,2034し、卷末、元祿元年の記録を附す、僧曰蓮當寺の觀音を信せし事なとをしるす、
- 464,714,81,777改正上總國全圖一鋪寫
- 874,773,62,2233に、長元は後一條院の年號なり、是書の末、寛治二年辰四月八日大悲山笠森寺楠光院五
- 759,767,62,2232世大僧都覺海書とあり、長元元年をさる事僅に六十二年、その事謬安ならさる事見るへ
- 1222,770,63,2243上總太守たりし事は見へす、且皇子の任國といふは都にとゝまり給ふ事通例なり、五條
- 1567,769,61,2237按するに、笠森寺長柄郡笠森村に在、大悲山楠光院と號す、縁起にいふ所にては、桓武
- 989,762,61,2247横川覺紹僧都なり、中納言顯基卿勅を蒙りて文章博士をして願文を作らしむと、今按る
- 1336,764,62,2263給ふといふ事有り、今按るに、冷泉の皇子爲尊・敦道二親王は大系圖にものせたれとも、
- 298,764,59,2251憶丸撰、寛政七年乙卯の圖、圖傍の標幟安房國全圖に同し、但、郡郷沿革考を附す、彼
- 184,780,60,2226に比するにやゝ委し、疆域・路程・郡郷の名・戸數・租税を載、但、廢郡の租税のみし
- 1937,911,44,645編脩地誌備用典籍解題卷之十一
- 1726,1612,46,81寫本
- 1771,1655,43,38册
- 704,380,40,259卷末ニ元祿元
- 224,380,38,257郡郷沿革考ヲ
- 658,381,39,260年ノ記録ヲ附
- 883,381,39,261年覺海書ト記
- 314,381,39,173秦檍丸撰
- 927,380,39,249卷末ニ寛治一
- 268,384,43,213寛政七年圖
- 179,382,38,76附ス
- 843,382,32,32ス
- 618,382,33,32ス
- 1937,911,44,645編脩地誌備用典籍解題卷之十一
- 1935,2486,42,114二二二







