『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.313

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せり、, るもの一街あり、又寺社・山川およひ牢屋一ケ所をしるす、, 西は揖斐尾坂口を限り、南は龜洞を限り、北は和田ケ峯をかきり、大抵地形東西に長く, 武家の屋敷のこときは、一々その姓名をしるして、尤盡せりといふへし、その餘、往來, 濃州揖斐町は明智城跡の西北にあたりて、群山その四面を繞り、東は蛇ケ峯をかきり、, 南北に短き町なり、此圖は則康安元丑年當所の人山岸某撰するところの古圖なり、圖〓, 未定の圖にして、只山岸氏構の圖と題するのみ、, 町々の如きは其間數をはかり、寺社・町家・田畑・堀川のこときもまた圖中にあらは, 濃州揖斐町圖一鋪, 町名、上町・中町・下町・上新町・下新町・七間町、都合六町にして、外に新道と稱す, 東下新町を限り、西堀川を限り、南前堤をかきり、北柴山後藤の屋鋪を限り、その中の, 鋪, 某撰, 町々ヲ許ニア, 武家屋敷往來, 山岸氏構ノ圖, 康安元年山岸, ラハス, 別紀第十一(美濃), 三

頭注

  • 某撰
  • 町々ヲ許ニア
  • 武家屋敷往來
  • 山岸氏構ノ圖
  • 康安元年山岸
  • ラハス

  • 別紀第十一(美濃)

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注記 (20)

  • 553,755,52,122せり、
  • 1701,756,57,1514るもの一街あり、又寺社・山川およひ牢屋一ケ所をしるす、
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