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もつきぬれは、翌曰はこゝを發足せんといふにとゝまる、, 驛にやとりて、翌日は江府に歸著するをたのしむといふに筆をとゝむ、, り京に入、大坂に赴き、大坂より出船す、歸路は中仙道を鳥居本より米原にかゝり、越, 温泉場を發し、歸路に江の島・鎌倉・金澤なと遊覽し、やよひの十曰くれかた程ケ谷の, 筑紫遊日記一卷, は、その傍近の地に徘徊して、佳景または幽興ありし事を詩歌に咏し、さて入浴の日限, 歌をのす、すてに温泉に到著し、主の翁のかたりし事なとかきつらね、又入浴のひまに, きさらき十六日朝、江府を首途し品川驛え發行したるより筆をおこし、往々吟咏せし詩, 者五十有五、而海陸都一千四十里餘矣と云、乙丑夏四月二十六曰江戸を立、東海道を上, 徒に卷末に、煙霞病客或は南詢居士なとゝしるすのみ、, 鴻儒同經歴山陽・山陰・西海・北陸四道、巡游神祠佛宇、搜索舊記文書、凡此行也經國, 上〓, 下卷, 山活可澄撰、可澄蓋水戸藩人、自序に、貞享乙丑威夏四月、奉我大君相公命、從子朴佐, 寫本, 一毋, ○稿本ノ欄外ニ、丸山雲平ナルベシ、ノ標出アリ、(二〓, 山活可澄撰、可澄蓋水戸藩人、自序に、貞享乙丑威夏四月、奉我大君相公命、從子朴, (丸山活堂), 丸山可澄撰, 卷末ニ煙霞病, 士トシルス, 客或ハ南詢居, 遊紀第一, 一九三
割注
- 寫本
- 一毋
- ○稿本ノ欄外ニ、丸山雲平ナルベシ、ノ標出アリ、(二〓
- 山活可澄撰、可澄蓋水戸藩人、自序に、貞享乙丑威夏四月、奉我大君相公命、從子朴
- (丸山活堂)
頭注
- 丸山可澄撰
- 卷末ニ煙霞病
- 士トシルス
- 客或ハ南詢居
柱
- 遊紀第一
ノンブル
- 一九三
注記 (25)
- 1314,719,60,1463もつきぬれは、翌曰はこゝを發足せんといふにとゝまる、
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