『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.588

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ため給ひし文字の數、蒼頡か鳥の跡によせてつくり出せし事も、照高院准, きは今更ならす、しかはあれと、或はめのとにたすけられてをひいて、或は, 后道澄公の御をしへなれは、筑波山のかけ、濱の眞砂のかす、つくしかたき, をは捨山のくちをしきためしも品々なれと、微臣のそのかみ、素盞烏のさ, 順のころよりいかにそや、ほけ〳〵しくしれ〳〵しき人のことなりまさ, らせ給ひしにより、名醫の奇術もさま〳〵なりしかと、風にあてられし人, 嶺のへたてあれは、心ならす見たてまつることも曰かすのみ有けるか、耳, は、本にかへる事なりかたきことなれは、年ふるにまかせて、うつし心も殘, 慈父悲母のはくゝみを、體膚をうくるものとして、あつからすといふ事な, りすくなきさまにて、ことしみな月のなかはのころより、しきりてなやま, 恩徳なれと、とゝせあまりかほとは、賀茂川のなかれをなかにして、西岸東, 七月十二日、天晴、照高院殿中陰、於南花執行、予八卷經弔申也、友枕齋取次也, 准后道澄をいためる和歌序藤原信尹, 云々、, 〔扶桑拾葉集, 梵舜日記〕〓六月廿八日、照高院道澄遠行也、於三井寺來月十一日葬禮, 〔梵舜日記, 二十, 悼メル和, 近衞信尹, ノ道澄ヲ, 歌ノ序, 慶長十三年六月二十八日, 五八八

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