『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 9 安政5年8月~同年9月 p.27

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入候事は無之、其中こも五月は御對面有之候處、何ヲ以右樣之事御申之か合點不參と申候, 樣ニと心得居候と申候、伊勢守被申候ニは、, へは、伊勢守被申候こは、いかさま是〓も右ニ准候事は聞込も有之との事ニ付、かの公ヲ, 之、尤別段被仰越之儀も候はゝ快氣之上之易對面いたすへしとの御事は、是ゟ願之筋も, の候へ共、若例之御持前之の其理ヲ非ニ曲テ被妨候のは一大事ニ付、私は先精々立寄不申, 不致對面と被申候由、抑私かの御方へ參り候は、五月一度、此度と兩度之外かの御門内へ, とは被存候へ共、惣の此人之御所爲、無實ヲ以實とし、非ヲ以理とする之佞智は相見え候, は、五月初の御對面有之、此度夜分主人之御使ニ參り候處、御病氣之趣ニの御面會無, 候、然は三條殿は只今非職之御身こして此御政事ニ專あつかり被成候からは、拔羣之器量, 説得候ニは關東御内間之御模樣も咄し不申あは不相成、右ニの御返心候はゝ至極之事こ, へ共、正實忠と義こ心魂ヲ被極候事は是〓一として承り不申、殊ニ拙者かの方へ參り候, あらはと申事と被存候ニ付、都合よく申遁レ、其夜は歸候處、果の其後かの公二條殿へ被, 大守樣とは御格別之御間柄と承り居候へは、右樣之儀は有間敷と被申候ニ付、拙者申ニ, 非ヲ理ニ曲テ治候樣之思召こては有間敷、唯正道ヲ行て安國之地ニ立歸候様こと伺ひ居, 參、義言當方へは度々參殿之由、九條殿へは度々參り候由、私方へも度々參候へ共、決あ, 主膳實萬ハ佞, 惡ナル人物ト, 交際セザル積, 主膳實萬トハ, リナリト述ブ, 述ブ, 安政五年八月, 二七

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  • 主膳實萬ハ佞
  • 惡ナル人物ト
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  • 主膳實萬トハ
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  • 安政五年八月

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  • 二七

注記 (23)

  • 820,654,65,2309入候事は無之、其中こも五月は御對面有之候處、何ヲ以右樣之事御申之か合點不參と申候
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