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五水戸長州二藩の改革, 服するを得たのであつた。, 薩摩藩に次いで藩政改革を斷行したのは水戸藩で、文政十二年十月徳川齊昭, に努めた。又百姓の疾苦を憂慮するの餘り、先づ會澤正志齋・藤田東湖等を郡奉, 同七年には大饑饉も起つたが、撫民の治政と備荒の施設と相俟つて、よく之を克, 居して、上下の放縱、風俗の頽廢を熟知してゐたので、天保元年早くも藩士に諭告, には稗六萬俵餘を蓄積して救荒に備へ、水神川浚渫工事を起して、沿岸の住民を, 行に任じて舊弊の一掃に努め、邸第建設の費用を節減して窮民に施與し、翌二年, か襲封すると同時に行つたのであつた。齊昭時に歳三十、久しく藩邸に靜, を下して、文武を奬勵し、驕奢を抑へ、儉約を令し、弊風を矯正して、以て士風の振作, 洪水の難より救ふ等、深く民政に意を注いだ。同四年領内に大風害生じ、次いで, る者多きを罷めて水戸に還し、且つ多數の侍女を罷免して經費の節約を圖り、次, 天保七年齊昭は藩政の改革に志し、近年藩士の多くが定府として江戸に駐ま, 權中, 納言, の改革, 徳川齊昭, 第二編封建制度の分解, 三八四
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- 權中
- 納言
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- の改革
- 徳川齊昭
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- 第二編封建制度の分解
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- 三八四
注記 (19)
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- 594,610,63,2272同七年には大饑饉も起つたが、撫民の治政と備荒の施設と相俟つて、よく之を克
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- 830,611,65,2271には稗六萬俵餘を蓄積して救荒に備へ、水神川浚渫工事を起して、沿岸の住民を
- 942,612,64,2265行に任じて舊弊の一掃に努め、邸第建設の費用を節減して窮民に施與し、翌二年
- 1387,761,65,2122か襲封すると同時に行つたのであつた。齊昭時に歳三十、久しく藩邸に靜
- 1163,612,65,2267を下して、文武を奬勵し、驕奢を抑へ、儉約を令し、弊風を矯正して、以て士風の振作
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