『維新史』 維新史 1 p.145

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第三子、八代齊脩の弟で、寛政十二年三月十一日を以て生れ、幼名を敬三郎と呼び、, 藩主齊昭と東湖とに依つて實行の緒に就いたのであつた。齊昭は七代治紀の, 藤田幽谷及び其の高弟たる會澤正志齋に依つて唱道せられた後期水戸學は、, 國を風靡するに至つたのである。, 嚴とを述べて、曾て百蠻が皇朝を仰いだ盛事を讚美し、現時夷狄の跳梁に處する, が愈〻備はるに至つた。而して長兄の藩主齊脩には世子がなく、次兄頼恕も亦高, 夙に聰明剛毅を以て知られたが、正志齋並びに吉田令世等の輔導を受けて學徳, 祖述せられたことを知るべく、水戸學の尊王攘夷論は茲に成立を見て、やがて全, 張することを云つたものであつた。師幽谷の思想は、正志齋に至つて愈〻明確に, 對外意見として、庶政に改革の要あるを説き、内外相俟つて外患を防ぎ、國威を伸, 三徳川齊昭の尊王思想, の言を以て、全卷の結論としたのであつた。即ち「新論」は國體の精華と皇室の尊, 府邦君所以濟萬姓施無窮之大忠。, の相續, 徳川齊脩, 繼嗣の紛, 爭と齊昭, 論の成立, 尊王攘夷, 第二章尊王思想の發達第四節水戸學の尊王攘夷論, 一四五

頭注

  • の相續
  • 徳川齊脩
  • 繼嗣の紛
  • 爭と齊昭
  • 論の成立
  • 尊王攘夷

  • 第二章尊王思想の發達第四節水戸學の尊王攘夷論

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  • 一四五

注記 (21)

  • 602,559,66,2280第三子、八代齊脩の弟で、寛政十二年三月十一日を以て生れ、幼名を敬三郎と呼び、
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