『維新史』 維新史 2 p.365

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觀察したことは、「直樣裏え廻り、過分の内奏等被致候始末は、卑劣千萬成御所爲に, つた。, ないにせよ、齊昭多年入説の結果として、勢ひ茲に迄及んだものであらう。, たのであつた。從つて幕府側が勅許奏請失敗を以て齊昭策動の結果であると, より言上書」として掲げ、其の他の風説書にも齊昭の言として掲げたものが多か, るに至つたのである。此等の觀察は必ずしも實状を穿つたものとはいふを得, 然し齊昭は、當時にありては條約問題を契機として朝幕關係が阻隔せんこと, る時に至つて愈〻高まつた。或る者は正睦の上洛を以て齊昭内奏の結果なりと, し、或る者は齊昭の尊王思想を賞讚して、「今般堀閣上京、其前水戸老公御内奏一件, との言にても知るべく、斯くて幕府水戸の關係は、愈〻惡化す, 神を範として、以て堂上廷臣に入説を試み、彼等の勅許反對の態度を硬化せしめ, 抔、都て御勤王之御誠意恐入候, と云ひ、志士・浪人の多くは齊昭の精, 斯かる推測は、堀田正睦が條約勅許奏請の爲に上洛し、廷議紛糾容易に決せざ, 水府老侯常磐井殿え文通之寫」として、又「井伊家祕書集録」には「九條殿下え水戸殿, て御座候, 四月附島田左近, 宛長野主膳書翰, 藏宛頼三樹三郎書〓, 四月二十二日附櫻任, 世上の齊, 昭觀, 第二章條約勅許の奏請第四節諸大名の京都手入, 三六五

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  • 四月附島田左近
  • 宛長野主膳書翰
  • 藏宛頼三樹三郎書〓
  • 四月二十二日附櫻任

頭注

  • 世上の齊
  • 昭觀

  • 第二章條約勅許の奏請第四節諸大名の京都手入

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  • 三六五

注記 (24)

  • 793,588,69,2283觀察したことは、「直樣裏え廻り、過分の内奏等被致候始末は、卑劣千萬成御所爲に
  • 1596,602,50,125つた。
  • 455,603,67,2087ないにせよ、齊昭多年入説の結果として、勢ひ茲に迄及んだものであらう。
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  • 1708,594,65,2276より言上書」として掲げ、其の他の風説書にも齊昭の言として掲げたものが多か
  • 570,601,67,2275るに至つたのである。此等の觀察は必ずしも實状を穿つたものとはいふを得
  • 339,661,68,2214然し齊昭は、當時にありては條約問題を契機として朝幕關係が阻隔せんこと
  • 1361,595,67,2281る時に至つて愈〻高まつた。或る者は正睦の上洛を以て齊昭内奏の結果なりと
  • 1245,599,72,2278し、或る者は齊昭の尊王思想を賞讚して、「今般堀閣上京、其前水戸老公御内奏一件
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