『維新史』 維新史 2 p.64

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部正弘に贈つて、藩内騒擾の眞相と思惟せられる處を述べて其の意見を問うた, であつた。元來黨爭は藩内に絶えなかつたのであつて、二年八月齊昭は書を阿, 迄の通りたるべし」と達せられたので、水戸藩士の一部をいたく失望せしめたの, 居に處し、戸田・藤田の遠慮を免じ、投獄の義民十八名を釋放した。, 附家老中山信守を招致して、水戸藩重臣大寄合頭結城寅壽を處罰し、戸田銀次郎・, と、あつたものの、尚「鶴千代麿未だ若年なる上に、齊昭は愼は宥免せられたものの、, 齊昭との間は甚だ圓滑であつたが、嘉永二年三月十三日に至つて、幕府は三連枝, 政事向に携はることは許されざるを以て、連枝三家が政事に後見することは是, が、正弘は是に答へなかつたのである。併しながら同四年九月に至つて正弘は, 藤田東湖の遠慮を免し、尚雪寃運動に參加した義民で罪せられてゐるものを放, 翌嘉永元年八月齊昭は書を正弘に贈つて、藩内の事情を内申するなど、正弘と, 免すべしと命じた。よつて水戸藩府は十月二十四日寅壽の祿を半減して愼隱, の後見を解き、齊昭の水戸藩政に參與するを許した。是の時老中の職に在つた, 者は阿部正弘・牧野忠雅の外に、戸田忠温・松平乘全・松平忠優であつた。かくて漸, の處罰, 齊昭の藩, 結城寅壽, 政參與, 第四編開港對策, 六四

頭注

  • の處罰
  • 齊昭の藩
  • 結城寅壽
  • 政參與

  • 第四編開港對策

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  • 六四

注記 (20)

  • 1282,585,58,2284部正弘に贈つて、藩内騒擾の眞相と思惟せられる處を述べて其の意見を問うた
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  • 1510,590,59,2273迄の通りたるべし」と達せられたので、水戸藩士の一部をいたく失望せしめたの
  • 710,588,58,1822居に處し、戸田・藤田の遠慮を免じ、投獄の義民十八名を釋放した。
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