『維新史』 維新史 4 p.132

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二京都に於ける軍議, や否や、又慶勝が征長總督の任を受諾するに至るや否やであつた。特に副將の, を固辭し、此の際は是非とも至急に將軍が上洛あつて諸大名を召集せられ、國是, 以て、征長軍の凡てを指揮するに立ち至るにあらずやと頗る憂慮した。而して, 行せしめ、己れは八月二十八日福井を發して、九月六日京都岡崎の藩邸に入つた、, を定めらるべきであると答へた。仍つて慶喜は、慶永を長州征討に鷹らしめる, をして鎖國の國是に疑惑を懷かしめるであらうと、理由を擧げて征長軍の總督, ことを斷念し、將軍上洛の上は上京ありたしと申送つた。尋いで慶永の子茂昭, 當時朝廷及び在京幕府要路の最も懸念せしことは、將軍家茂が急ぎ上京する, べき旨を諭し、重臣本多修理を軍事總奉行と爲し、先づ重臣中根雪江を京都に先, 命を受けて入京した福井藩主松平茂昭及び同藩士は、或は茂昭が副將の地位を, が征長軍の副將を命ぜられた。命を受けた茂昭は藩士一同に格別忠勤を勵む, 九月十二日入京せし老中阿部正外は、松平茂昭に對して、将軍の進發が遲延して, 松平茂昭, の上京, 福井藩士, の憂慮, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一三二

頭注

  • 松平茂昭
  • の上京
  • 福井藩士
  • の憂慮

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 一三二

注記 (19)

  • 766,985,55,655二京都に於ける軍議
  • 532,574,64,2272や否や、又慶勝が征長總督の任を受諾するに至るや否やであつた。特に副將の
  • 1598,582,64,2275を固辭し、此の際は是非とも至急に將軍が上洛あつて諸大名を召集せられ、國是
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  • 1715,584,70,2274をして鎖國の國是に疑惑を懷かしめるであらうと、理由を擧げて征長軍の總督
  • 1355,579,65,2277ことを斷念し、將軍上洛の上は上京ありたしと申送つた。尋いで慶永の子茂昭
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