『維新史』 維新史 4 p.201

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まま行を續けたのである。, の措置を可なりとし、今後の對策に就いて深甚なる考慮を拂つたであらう。然, るに此の後、幕府は機宜の處置を取る事能はず、遂に第二囘征長の役を起したの, 院に館した。是より先副將松平茂昭は、正月十二日小倉を發して凱旋の途に就, 尋いで一旦入京し、奏聞を終へて後參府するに決心し、二十四日京都に入り、知恩, は正月十六日大坂に至つたが、進退に窮し、所勞と稱して暫く同地に滯在した。, れたものであり、專ら公武間の御爲を考へて取計らつたのであると具申し、其の, き、十五日兵庫に至り、二十二日入京した。總督・副將の東上と相前後して、出兵の, 要路者中に、眞に天下の大局を洞察し得る達識の士があれば、征長總督徳川慶勝, 是に於いて幕府は、更に征長總督に、歸途上京に及ばず、早々參府すべしと命じ, た。然るに朝廷では、歸國の途次入京・參内すべしと命ぜられたのである。總督, 諸藩も亦防長の四境より兵を撤した。是に於いて第一囘征長の役は、僅々數箇, なつては其の趣旨以外に施す術はない。己れは黒印を受けて全權を委任せら, 月の間に、幕府の威信を失はず、流血の慘を見ないで結了したのである。幕閣の, の入京, 〓督副將, 第三章長州藩の恭順謝罪第三節征長軍撤退當時の情勢, 第三節征長軍撤退當時の情勢, 二〇一

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  • の入京
  • 〓督副將

  • 第三章長州藩の恭順謝罪第三節征長軍撤退當時の情勢
  • 第三節征長軍撤退當時の情勢

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  • 二〇一

注記 (19)

  • 1663,580,56,735まま行を續けたのである。
  • 482,581,73,2274の措置を可なりとし、今後の對策に就いて深甚なる考慮を拂つたであらう。然
  • 363,577,70,2260るに此の後、幕府は機宜の處置を取る事能はず、遂に第二囘征長の役を起したの
  • 1082,577,66,2275院に館した。是より先副將松平茂昭は、正月十二日小倉を發して凱旋の途に就
  • 1196,573,71,2276尋いで一旦入京し、奏聞を終へて後參府するに決心し、二十四日京都に入り、知恩
  • 1312,579,71,2219は正月十六日大坂に至つたが、進退に窮し、所勞と稱して暫く同地に滯在した。
  • 1779,585,69,2255れたものであり、專ら公武間の御爲を考へて取計らつたのであると具申し、其の
  • 966,579,65,2271き、十五日兵庫に至り、二十二日入京した。總督・副將の東上と相前後して、出兵の
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  • 1546,639,72,2208是に於いて幕府は、更に征長總督に、歸途上京に及ばず、早々參府すべしと命じ
  • 1430,580,72,2265た。然るに朝廷では、歸國の途次入京・參内すべしと命ぜられたのである。總督
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