『維新史』 維新史 4 p.380

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

を松平容保に送り、關東の事情を告げて、西上の猶豫を斡旋せしめたのである。, 府が將軍の上坂を布告した爲、自然消滅したのである。, 先般被仰出有之候處、京師ゟ被仰進候儀も有之ニ付、此度御上坂之儀被仰出候。, と布達したのである。併し老中等は猶も其の發途を躊躇し、連署して密かに書, いた。茲に於いて十七日幕府は、, 容保は屡〻關白に〓し、〓りに朝幕間の周旋に努めた。而して其の東下の事は、幕, 長防鎭靜ニ及候ニ付、此上御進發は不被遊、時宜ニ寄猶被仰出候儀も可有之旨, 然ル處未長防其外御所置も有之ニ付而は、御發途は暫御見合被成候。時宜ニ, 八日歸府し、尋いで登營して京師の形勢を述べ、將軍上洛の已むべからざるを説, は、正月末より朝命を拜して京都に留, まつてゐたが、二月二十七日に至り始めて參内した。二人は小御所に於いて龍, 顏を拜し、天盃を賜つた。慶勝は謹んで長州藩鎭定の上申書を奉呈した。其の, 征長總督徳川慶勝・副將松平茂昭, 寄速御發途可被仰出儀も可有之候間、御不都合無之樣可致旨被仰出候。, (續再夢紀事), 越前守, 福井藩主, 將軍上坂, 松平茂昭, の布告, 徳川慶勝, の參内, 第十五編第二囘征長の役, 三八〇

割注

  • 越前守
  • 福井藩主

頭注

  • 將軍上坂
  • 松平茂昭
  • の布告
  • 徳川慶勝
  • の參内

  • 第十五編第二囘征長の役

ノンブル

  • 三八〇

注記 (24)

  • 799,577,60,2224を松平容保に送り、關東の事情を告げて、西上の猶豫を斡旋せしめたのである。
  • 571,574,56,1546府が將軍の上坂を布告した爲、自然消滅したのである。
  • 1376,637,61,2221先般被仰出有之候處、京師ゟ被仰進候儀も有之ニ付、此度御上坂之儀被仰出候。
  • 911,575,63,2276と布達したのである。併し老中等は猶も其の發途を躊躇し、連署して密かに書
  • 1618,581,55,929いた。茲に於いて十七日幕府は、
  • 686,573,60,2277容保は屡〻關白に〓し、〓りに朝幕間の周旋に努めた。而して其の東下の事は、幕
  • 1496,639,59,2215長防鎭靜ニ及候ニ付、此上御進發は不被遊、時宜ニ寄猶被仰出候儀も可有之旨
  • 1255,638,60,2194然ル處未長防其外御所置も有之ニ付而は、御發途は暫御見合被成候。時宜ニ
  • 1738,575,58,2272八日歸府し、尋いで登營して京師の形勢を述べ、將軍上洛の已むべからざるを説
  • 456,1797,57,1052は、正月末より朝命を拜して京都に留
  • 335,580,66,2274まつてゐたが、二月二十七日に至り始めて參内した。二人は小御所に於いて龍
  • 217,573,68,2271顏を拜し、天盃を賜つた。慶勝は謹んで長州藩鎭定の上申書を奉呈した。其の
  • 452,645,56,929征長總督徳川慶勝・副將松平茂昭
  • 1137,645,56,2014寄速御發途可被仰出儀も可有之候間、御不都合無之樣可致旨被仰出候。
  • 1031,2468,51,314(續再夢紀事)
  • 486,1590,39,168越前守
  • 440,1591,41,166福井藩主
  • 1623,308,42,167將軍上坂
  • 410,312,41,163松平茂昭
  • 1584,312,35,120の布告
  • 455,310,41,168徳川慶勝
  • 369,317,41,117の參内
  • 1853,690,45,632第十五編第二囘征長の役
  • 1851,2322,51,136三八〇

類似アイテム