『維新史』 維新史 2 p.508

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三幕府の水戸藩に對する壓迫, 者であつた。, に仕へずとの義を守つて、水戸藩士とならず、其の子伊三次に至つて始めて水戸, 某寺に潛み、姓を日下部と稱してゐた。後太田村の郷校に教鞭を取つたが、二君, 訴へるが爲〓藩し、數年の後水戸藩の諒解を得て、薩州藩に復歸し、薩州藩士とし, 藩士に列したのである。弘化年間齊昭が幕譴を蒙つた時、尾州藩主に其の寃を, 中の齊昭は、私かに京都と文書を往復して、京都を裏面より煽動してゐる、追つて, 安政大獄に於いて重大な役目を果した日下部伊三次は、父を海江田連と云つ, て薩州藩士であつたが、江戸薩州邸に在役中事を以て免黜せられて、水戸高萩の, は京都から齊昭の赦免が幕府に仰せ出されるであらうなどと、流言してゐたの, 幕府は一橋黨の運動に對して警戒を緩めなかつた。當時世上に於いて、謹愼, て江戸藩邸にあつたのである。蓋し薩水兩藩に縁故深く、此の行には最も適任, で、幕府は藩情に精通してゐる高松藩主松平頼胤, と謀つて、水戸藩吏中齊昭, 讚岐, 守, 幕府の對, 水戸藩策, 第六編戊午の大獄と其の反動, 五〇八

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  • 讚岐

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  • 幕府の對
  • 水戸藩策

  • 第六編戊午の大獄と其の反動

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  • 五〇八

注記 (20)

  • 707,972,57,925三幕府の水戸藩に對する壓迫
  • 942,565,54,334者であつた。
  • 1402,568,60,2269に仕へずとの義を守つて、水戸藩士とならず、其の子伊三次に至つて始めて水戸
  • 1516,560,62,2280某寺に潛み、姓を日下部と稱してゐた。後太田村の郷校に教鞭を取つたが、二君
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