『維新史』 維新史 1 p.148

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であつた。, 忠眞, まじきことなりと御意遊されけるとなり。, に天保二年四月には有栖川宮織仁親王の女登美宮, 暦寺門主よりも之と相似たる議を願ひ出でたるも、却下した先例を引いて、同意, 先、幕府は元祿十二年四月山陵修補の功を竣へたが、依然規模が狹少に過ぎ、而も, 圀に始まつた水戸學傳統の尊王思想は、齊昭に至つて愈〻結實具體化せられたの, 將軍の廟字ばかりが輪奐の美を極めてゐたので、識者は憤〓して止まなかつた。, 事は、水戸藩が朝廷に對して緊密な關係を有するに與つて力があり、斯くして光, よつて齊昭は通事藤田東湖の意見を徴した後、天保五年九月十三日老中大久保, を夫人として迎へた, 齊昭の朝廷尊崇として注目に値するものに、山陵修營の建議がある。是より, といつてゐる。猶又齊昭の生母は權大納言烏丸光祖の次子資補の女であり、殊, し能はざる旨を答へた。是に於いて齊昭は同年十一月十七日大久保の再考を, に書面を贈つて、神武天皇御陵修營の事を建議に及んだ。, 然るに幕府は類例調査の上でなくては可否決し難しと答へ、更に享保年間延, 加賀, 吉子、文, 明夫人, 守, 山陵修營, に對する, 幕議の遷, 齊昭の山, 陵修營建, 議, 延, 第一編尊王論の發達, 一四八

割注

  • 加賀
  • 吉子、文
  • 明夫人

頭注

  • 山陵修營
  • に對する
  • 幕議の遷
  • 齊昭の山
  • 陵修營建

  • 第一編尊王論の發達

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  • 一四八

注記 (29)

  • 1167,571,52,258であつた。
  • 599,562,51,115忠眞
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